「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
「手前味噌」という言葉があります。「自慢」の意味で使われますが、その由来はかつて、味噌は自家製で、自分が造った味噌を互いに自慢し合ったことからできた言葉とあります。いま、自分で味噌を作る家は極めて少数派。さらに郷土に味噌蔵が健在の地域も減ってきています。そんな郷土の食文化の継承に力を入れているという駅弁屋さんを紹介され、10月の出雲を訪ねました。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第30弾・一文字家編(第1回/全6回)
岡山と出雲市の間を、伯備線経由で約3時間かけて結んでいる特急列車「やくも」号が、宍道湖の畔ですれ違います。「やくも」では国鉄生まれの振り子式電車・381系が健在。10年ほど前に“ゆったりやくも”としてシートや内装がリニューアル、少し快適になりました。一部列車は、出雲市方の先頭車両がパノラマグリーン車となっていて、迫力ある眺望が楽しめるようになっています。
「やくも」などの特急列車をはじめ、全ての列車が停まる山陰本線・松江駅。島根県の県庁所在地・松江市の玄関口です。松江駅は、113年前の明治41(1908)年11月8日、山陰本線・安来~松江間とともに開業しました。昭和52(1977)年には高架化されて、昭和57(1982)年に松江駅を含む伯耆大山~知井宮(現・西出雲)間が電化されました。現在、駅舎にはショッピングセンター・シャミネが併設され、多くの利用者で賑わいます。
(参考)島根県ホームページほか
松江駅の開業とともに構内営業者として駅弁を販売しているのが、「合資会社一文字家」です。一文字家は、今年(2021年)が創業120年。もともと、松江駅周辺で旅館、ホテルを経営していましたが、平成17(2005)年からは郊外の企業団地「クレアヒル松江」に本社と最新式の工場を構えています。駅弁膝栗毛恒例企画「駅弁屋さんの厨房ですよ!」の第30弾は、一文字家にお邪魔して人気駅弁「島根牛みそ玉丼」の製造に密着しました。
一文字家自慢の白いご飯が詰まった折箱が積み重なっています。使われているお米は、奥出雲・飯南町産のコシヒカリ。内陸の寒暖差を活かした、うま味がぎっしりのお米です。こだわりの職人さんによって炊かれたご飯は、長時間の保存が効くように冷まされてから、箱に詰められていますが、米粒のツヤツヤとした輝きに、早くも食欲をそそられそうです。さあ、この白いご飯に載せられるのは?
芳醇な味噌の香りに満たされた一文字家の調理場。奥出雲の老舗・井上醤油店の手で造られた自然醸造の味噌と地酒、隠岐の塩などを使って、サーッと煮込まれた島根牛が湯気を立てていました。頭のなかが真っ白、心が無の状態になりそうなくらい満たされます。八百万の神様が集まる出雲だけに人の力以上の何かが働いている、そんな気持ちにも。この煮汁は継ぎ足し継ぎ足しされているとのこと。肉の旨味も凝縮されているわけですね。
約150年前から同じ木の樽で作られているという井上醤油店の天然醸造味噌。木樽に酵母が棲みついていると言います。ご主人が毎日樽をかき混ぜて、空気を送り込むことで、いい味噌になっていくのだそう。ちなみに酵母の調子が悪いときは、山の神におにぎりをお供えし、そこに着いた新たな酵母を混ぜることで元気を取り戻すとのこと。
いい味噌を作り続けるには常に新しいものを少しずつ加えることが、まさに「ミソ」なんですね。そんな侍の時代から受け継がれている伝統の技に一文字家の景山代表も感激を覚え、牛肉駅弁の調味料として使わせてもらうことを決めたと言います。
「島根牛みそ玉丼」の製造ラインへやって来ました。牛肉と同じように芳醇な味噌で味付けられた糸こんにゃくと一緒に、白いご飯の上に敷き詰められていきます。折箱の角には、大根のしそ漬けが詰められ、おしまいに真ん中を少し窪ませて、とろとろ玉子が載ります。
いただくときは、この玉子に箸を入れて黄身がとろ~りとなる瞬間がたまらないんですよね。もう、いただく気満々ですが、もうひと作業、見ていきますよ。
透明のシートを挟んで蓋をされ、牛肉と玉子の写真が全面に写し出された掛け紙がかけられて、ゴム止めされたところで、「島根牛みそ玉丼」の完成です! 盛り付けは正味1分。平成21(2009)年に発売され、例年1月に行われている京王百貨店新宿店の「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」に実演で出店。高い評価を得て、いまでは、松江駅弁の人気ナンバー1に君臨しています。
【おしながき】
・白飯(島根県飯南町産コシヒカリ)
・島根牛の味噌煮
・糸こんにゃくの味噌煮
・とろとろ玉子
・大根のしそ漬け
今回は、特別に出来立ての「島根牛みそ玉丼」をいただきました。駅売りのもの以上に、フワ~っと包み込まれるような味噌の香り。味噌のなかに生きている酵母の息遣いがまるで聞こえてくるかのようです。一文字家・景山代表お薦めの食べ方は、最初は肉だけ、次は肉とご飯を一緒に。そして最後にとろとろ玉子へ箸を入れ、牛肉とご飯、玉子による味のハーモニーを楽しんでもらえたら……ということです。
いよいよ旧暦の10月、全国から神様が集まる「神在月(かみありづき)」を迎えた出雲。さらに先週末からは、日本海の松葉がに漁も解禁されました。さまざまな旬の季節を迎えた島根・松江で100年以上にわたって駅弁を手掛けているのが「一文字家」です。次回は、そのトップ・景山直観代表社員に、お店の歴史や駅弁のこだわり、未来への展望を、たっぷりと伺ってまいります。
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連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/