元内閣官房副長官補で同志社大学特別客員教授の兼原信克が5月30日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。国家安全保障戦略の改定について解説した。
国家安全保障戦略の改定、情報戦の対策強化を検討
岸田総理大臣は5月26日の衆議院予算委員会のなかで、2022年に行う「国家安全保障戦略」の改定では、偽情報やフェイクニュースへの対策強化を検討すると表明した。ロシアによるウクライナ侵略を踏まえて、情報戦への対応が重要だとしている。
飯田)国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画は3文書と言われていますが、これらは今年(2022年)改定される予定です。国家安全保障戦略が最初に出たのは2013年だったと記憶しておりますが、そのときに兼原さんは官邸のなかでこの対応をしていらっしゃいました。
兼原)これがなかったのは日本だけだったので、恥ずかしかったのです。
飯田)他の国は持っている。
兼原)どの国も「国益とは何か」「どうやって守るか」という戦略を持っているのですが、日本にはなかったのです。「恥ずかしいから持とう」ということでつくりました。それを国家安全保障会議(NSC)がつくるのは、一丁目一番地のことでしたので、取り組みました。
飯田)当時の仕事として。
兼原)あれから約10年が経って、中国の国力が3倍になり、ロシアの国力はウクライナ侵略のために凋落します。いまのように、社会の枠組みが大きく変わっていくときにつくるのが国家安保戦略です。また新しい総理になりましたから、「やりたい」とおっしゃったのだと思います。
2013年に国家安全保障戦略ができた背景にあるもの
飯田)そもそも、なぜ日本には国家安全保障戦略がなかったのですか?
兼原)戦後はソ連が敵だということがはっきりしていて、アメリカからも「瓶の蓋(ふた)」論で「ほどほどに頑張ればいいから、あとは任せろ」と言われていたのです。
飯田)あまり強くなりすぎても困ると。
兼原)それで基本的にはアメリカに任せることができたのですが、冷戦が終わり、少し自分で考えなければいけなくなった。北朝鮮が核開発を始め、中国が急激に上がってきて「どうするのだ」となり、新しい指針が要るということで書いたのです。
外交文書は相手を怒らせてはいけない ~味方を増やして敵を孤立させるのが外交の基本
飯田)全体の戦略をつくるためには、まず「何を守るか」ということですが、国益の定義から始まるわけですか?
兼原)国益には国家・領土などがあるのですが、国民の命がいちばん大事です。命と暮らしですね。あとはビジネスがきちんとできる環境も重要です。最後は表立つ価値観が必要ですが、既に「戦後日本の価値観」と堂々と言っているではないかと。自分たちは自由主義であり個人主義であり民主主義であり、法の支配があると。75年以上、真面目にやってきましたし、戦前も満州事変以前はまともだったのです。だから堂々と「『自由主義国家だ』と言おう」ということになり、これらをすべてまとめて書いたのが前回の国家安全保障戦略です。そうすると西側諸国や豪州・韓国・インドなどとの協調が出てくるわけです。そして中国・北朝鮮・ロシアは要注意の国であることが透けて見えると思います。
飯田)その辺りの書き方は、そのときの情勢によるのですね。
兼原)外交文書は相手を怒らせてはいけません。「少し不愉快」くらいならいいのですけれど。
飯田)なるほど。名指ししてはいけない。
兼原)敵はつくらないのが外交の基本ですから、「懸念を持っています」くらいですね。
飯田)周りに対して心配している人からすると、「書き方がマイルドではないか」と思うこともありますが、そういうことなのですね。
兼原)味方を増やして敵を孤立させ、中立国を取り込んでいくのが外交の基本なのです。初めから「この人は敵だ」と決めつけてはいけません。敵味方が入れ替わることもありますから。
飯田)いきなり過激なことを書いても。
兼原)それはダメですね。
国家安全保障戦略の改定でロシアの書き方をどうするのか
飯田)でも今回、周りの情勢が変わってきたので、「ロシアの書き方をどうするか」ということですよね。
兼原)ロシアがあのようなことをすれば、厳しくなります。侵略戦争ですからね。満州事変や日中戦争のときに日本は批判されましたが、同じことをしているわけですから。
飯田)「力による現状変更」と言われています。
兼原)力による現状変更そのものです。頭のなかが19世紀ですから。ロシアと中国は全体主義国家の勝ち組で、少し異質なのです。
飯田)全体主義国家の勝ち組。
兼原)「自由主義国が勝って、連合主義が負けた」というようなことが言われていますが、そんなことはありません。スターリンとヒトラーだって握っていたのです。彼らはヒトラーが攻め込んだから連合国側にまわったのです。蒋介石も、日本と戦争していたから連合国側にまわったのです。
飯田)そうですね。
兼原)2つとも完全な全体主義国家で、独裁国家です。頭のなかは19世紀であり、弱肉強食です。力がすべて。「弱い者は泣いても仕方がない」という世界観だから、今回のような侵略を行うのです。
飯田)ロシアは。
兼原)ウクライナが「私はあなたの組を出たいのです」と言ったら、「馬鹿野郎」と言って殴る方向に行ってしまった。アメリカは「本人が嫌だと言っているではないか」と主張するので、両者は合わないのです。
飯田)なるほど。
兼原)ヨーロッパ人は「そこはプーチン殿の所領ではないか」となるのですが、アメリカ人は「本人は離婚すると言っているではないか」となってしまうのですよ。アメリカの方も止まらないので、続くのですよね。
東アジアにはNATOのような強い軍事同盟がない
飯田)それを許したままだと、東アジアにも影響がありますか?
兼原)北大西洋条約機構(NATO)は強いからいいのですが、東アジアに関しては、アメリカの出城が日本しかないのが問題です。韓国は朝鮮半島しか見ていませんし、豪州は頼りになるけれど遠いので、日本は自分で頑張らなければならない。台湾有事を起こさせないために頑張らなければならず、だからアメリカと付き合っているのです。「何かあったらあなたたちも付き合ってね」という意味なのです。
飯田)日米豪印の「クアッド」のような枠組みもありますね。
兼原)NATOがない分、頑張らなければいけません。英仏独などヨーロッパの国々はみんな大きいですが、インドは半分の大きさなので、投資して「頑張りなさいよ」と言っている部分があります。また、アメリカが頼りにしているのは豪州です。日本が大名クラスで、豪州は旗本クラスなのです。国が小さいので、尾州藩と彦根藩のようなものです。アメリカから見たらこの2つしかないので、私たちは手を組まざるを得ないのです。
飯田)なるほど。雄藩のような大きいものはない。
兼原)最近は韓国が大きくなっているので、来てくれるといいのですが、韓国は朝鮮半島から出てこないのです。一生懸命、みんなで「元服したのだから」と言っているのですが、まだ嫌がっている感じです。
TPPの枠組みの半分は戦略的枠組み ~しかし、RCEPの3分の1しかない
飯田)いろいろな枠組みを使って連携していくとのことですが、「環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)」もそういうところが頭にありながら交渉しているということですか?
兼原)TPPは、半分は経済的枠組みですが、半分は戦略的枠組みです。「地域的な包括的経済連携(RCEP)協定」では中国がいちばん大きな国で、存在感を大きくしています。全体の経済力はTPPの方が大きかったのですが、アメリカが抜けてしまったので、いまはRCEPの3分の1しかないのですよ。だからアメリカは焦って「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」をつくっているのです。
アメリカに「おんぶに抱っこ」はもう許されない
飯田)そうは言っても、日本は自分たちでも守らなければならないですよね。
兼原)そうです。
飯田)日米首脳会談のあとの記者会見でも、「防衛費を増やす」と岸田総理が表明していましたが、いかがですか?
兼原)もともと日本はサボっていたわけです。
飯田)サボっていた。
兼原)朝鮮半島と台湾の防衛をアメリカに任せてしまったので、戦後の防衛負担はとても楽になっています。「タダ乗り平和主義」が未だに強いのですが、中国の軍事費は約25兆円で、日本が約5兆円、アメリカが約80兆円、現在の円で計算すると100兆円です。「いい加減にしてくれ」と内心思っているわけです。
飯田)アメリカ側は。
兼原)日本は「おんぶに抱っこでいいではないか」と言っているのですが、それはもう許されません。
飯田)なるほど。
兼原)この国のサイズであれば、実質国内総生産(GDP)の2割にあたる10兆円でも少ないくらいです。楽しているので5兆円で済んでいる。しかし「本気で戦う」とはあまり思っていないので、もしロシアが攻めてきたとしても、途中からアメリカが来ることが前提です。3回戦までは日本が戦い、4回の表からはアメリカがやってくれると思っているので、メンタリティーはあまり変わっていません。そうすると、アメリカは「大丈夫か?」と思うわけです。
台湾有事、日本有事の場合、アメリカを頼らずに戦わなければならない日本
兼原)ロシアが攻めてきた場合、ロシアが3ヵ月も頑張れば、自衛隊は壊滅するのです。以前はアメリカが応援に来て押し返すということになっていたのですが、台湾有事が始まったら、ロシアが攻めてくるというような状況ではなく、いきなり巻き込まれていきますから、下手をすると1~2年は戦争が続くかも知れません。いまのウクライナのようになるわけです。3回の表で終わることはありません。
飯田)9回以上投げ続けなければいけないかも知れない。
兼原)昔は小規模限定対処と言って、所詮、3回まで頑張っていればアメリカが来るというシナリオだったのです。「これからはずっと一緒にやるぞ」と言われているので、「4回の表もやるのですか?」という感じですよね。真剣にやらないと、いまの自衛隊では戦えないですよ。
これまで北海道を強化して南は強化されていない日本の防衛 ~南の強化はまだ3合目
飯田)いま予算の金額の話になっていますが、それだけではないですよね。
兼原)「弾を買え」「穴を掘れ」などと言っていて、あまり真面目にやっていません。日本は北海道を強化してきたのですが、中国となると南に移るわけで、南はあまり強化していません。基地も航空機もむき出しなので、最初にミサイルが飛んで来たら潰されてしまいます。
飯田)そうですよね。
兼原)サイバー攻撃で電気が落ちてしまうこともあるかも知れません。いままできちんと対応してこなかったので、いまから強化しないといけないのですが、自衛隊も巨大な官僚機構です。この10年は南重心で移してきたのですが、まだまだ3合目です。いまのままでは戦えません。
有事の際、住民をどのように避難させるか
飯田)先島に駐屯地ができましたが、少しずつ変わっているということですか?
兼原)陸上自衛隊は北海道に重心を置いていたので、いちばん心配です。南は海で島がポツポツとあるだけなので、陸上自衛隊からすると守るのが大変です。いま一生懸命基地をつくっていますが、つくるだけではなく強化しないといけないですね。
飯田)つくるだけではなく。
兼原)いざとなったときには、大きな部隊を持ち込まないといけないのですが、そのときの運搬をどうするかという問題もあります。有事の場合は住民の方々を非難させないといけないので、その辺りのことも含め、問題は山ほどあります。
日本に武力攻撃が始まってからしか使えない「国民保護法」 ~台湾有事の際に台湾に住む日本人を帰国させる法律がない
飯田)一応「国民保護法」という法律はありますが、どこまで強制力があるのですか?
兼原)強制力はありませんし、日本に武力攻撃が始まってから使える法律です。普通は始まる前に住民を避難させるのですが、始まるまでは使えない法律です。
飯田)相手による武力攻撃が始まるまでは。
兼原)あとは台湾有事の際、日本有事の法律を転化しなければならない。あれは小泉総理の時代につくったのですが、日本有事用の法律なので、台湾有事には使えません。台湾にも日本人が何万人もいますが、その方たちを日本に返す法律がないのです。国民保護と言いつつ、あまり真面目に考えていない。これも積み残したままなのです。
飯田)やることばかりがたくさんありますね。
兼原)目の前に富士山があって、入口に立っているような感じです。
飯田)でも一歩一歩登っていかなければならない。
兼原)「千里の道も一歩から」で、コツコツ積み上げていくしかないですね。外交は「サッ」と向きを変えられるのですが、防衛力への対応は時間とお金が掛かりますし、法律も変えなければいけないので、コツコツやるしかありません。
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