日米首脳会談、クアッド首脳会合……厳戒態勢の2日間を終えて
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「報道部畑中デスクの独り言」(第293回)
ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、5月23日~24日に開催された日米首脳会談や、クアッド首脳会合について---
先月(5月)23日~24日までの2日間、東京では日米首脳会談と、日本とアメリカ、インド、オーストラリアの4ヵ国、いわゆる「クアッド」の首脳会合が開かれました。日印首脳会談、日豪首脳会談もありましたが、特にバイデン大統領については、大統領就任後初めての来日とあって大きな関心を集めました。
行く先々には歓迎する人々ともに、「ビースト」と呼ばれる黒塗りの巨大な大統領専用車を見ようという人も多かったようです。都心では警視庁がおよそ1万8000人を動員する厳戒態勢が敷かれていました。
私もこの2日間は、取材に追われましたが、こうした日本の厳しい警備もさることながら、それ以上に感じたのがアメリカ側の対応です。東京・元赤坂の迎賓館で開かれた日米首脳会談では、「取材開始前24時間以内の抗原検査またはPCR検査」が求められました。普段からコロナ対策には我々も注意していますが、“24時間以内”でしたから、日曜日に開いている検査機関を探しました。
また、日米首脳の夕食会が開かれた白金台の八芳園では、取材待機場所にいた日本の報道陣に対し、アメリカ側から「荷物を置いて外へ出ろ」と言われました。何と警備犬が報道陣の荷物までもくまなくチェックしたのです。端から見ていると、私のリュックが警備員に開けられていました。怪しいものは入っていないはずですが……パソコンのケースも開けてチェックしていました。
最終的には事なきを得ましたが、女性記者のなかには「カバンの中身を見られるのは嫌だな」という声もありました。気持ちがわかります、さすがに気の毒に感じました。厳重警備にコロナ対応……アメリカのこの入念さは、かつてのケネディ暗殺事件から綿々と続く歴史のなせる技なのかも知れません。
舞台裏の話が長くなりましたが、「本筋」に入ります。まずは5月23日の日米首脳会談ですが、迎賓館では受付後、2時間近く経ってようやく会談の冒頭取材が許されました。
「今回の訪日はいかなる状況にあっても、米国がインド太平洋地域への関与を強化し続けることを示すものであり、心から歓迎を申し上げたい」
岸田文雄総理大臣はこのように述べました。「インド太平洋地域」……今回の会談の大きなキーワードの1つです。これに対し、バイデン氏は「素晴らしい民主主義国家。インド太平洋において、この先何かできることはないのかと模索している」と応じます。「Fumio、私と私のチーム、クアッドの主催ありがとう」と、ファーストネームで呼ぶ一幕もありました。
印象的だったのは2人のネクタイです。両首脳ともに紺と白の同じ柄のストライプでした。ストライプの柄は、総理は左下から右上に伸びる「レジメンタル」、大統領は逆に右下から左上の「レップストライプ」でした。俗に前者は英国式、後者は米国式とされます。同じ柄で結束の強さをアピールしているようにも見えましたが、外務省によりますと、今回、ネクタイは事務方で用意したものではなく、同じ柄だったのは偶然だということです。
会談後の記者会見で、岸田総理はバイデン氏との間で確認した事項など、成果を次々と明らかにしました。国連改革が実現した暁には、日本が国連の常任理事国入りすることをバイデン氏は支持しました。ロシアや中国の拒否権という壁があり、アメリカだけでは決められないのも事実で、リップサービスの域を出ないのもまた否めないところですが、日本のプレゼンスを高めるアピールにはなるでしょう。また、来年(2023年)のG7サミットを「広島市でやりたい」と総理が提案、バイデン氏も了承したということです。
新型コロナウイルスの影響により、延び延びになっていた対面の会談で、つもる話もあったのかも知れません。いくつか踏み込んだ内容もあり、その“成果”をかみしめながら語る岸田総理の表情は、どこか高揚しているようにも感じました。
ただ、対するバイデン大統領は落ち着いた表情。冒頭発言は総理が15分、大統領が6分。「Joe Welcome back to Japan」とはにかみながら語りかける岸田総理に対し、バイデン氏は冷静な表情。「総理やや前のめりか」……そんな印象を受けました。
さらに、総理は防衛費の「相当」な増額にも言及しました。そして、台湾問題についてのバイデン氏の発言です。「ウクライナと同様のことが台湾で起こったら軍事介入するか」という記者の質問に対し、「Yes」と明言した際、一瞬、時が止まったような気がしました。さっそく中国側は反発しています。
「2つの意味で、これまでにない重要なもの」
岸田総理は今回の会談について、このように位置付けていました。1つはウクライナ情勢、そしてもう1つは「インド太平洋地域」です。安全保障上の問題では東シナ海や南シナ海……現状変更の試みに強く反対する、中国をめぐる諸課題に対し、緊密に連携することが確認されました。一方、経済分野……実はバイデン氏にとって、これが最大の関心だったと思います。IPEFと呼ばれる枠組みに対し、岸田総理は立ち上げを歓迎し、参加に協力することを明言しました。
IPEF=「Indo-Pacific Economic Framework」は、直訳すると「インド太平洋経済枠組み」となりますが、これはアメリカ主導の枠組みです。米中対立が続くなかで、アメリカとしてはインド太平洋地域に対する経済的な影響力を強めたい。しかし、すでにTPP(環太平洋経済連携協定)、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)といった枠組みがあります。中国はRCEPに加入している他、TPPにも加入を申請し、存在感を強めています。
一方、アメリカはトランプ前政権のときにTPPを離脱してしまいました。RCEPにも入っていない……こうした枠組みからは出遅れている状況です。そこで自らが新たな枠組みをつくり、かつ中国に対抗していこうというわけです。
枠組みには気候変動、新型コロナ、デジタル、インフラ、サプライチェーン……こうしたものに関する行動規範のルールが入っています。ただ、本来、経済連携のなかに盛り込まれることの多い、関税撤廃などの項目は入っていません。
見方によってはアメリカが「ちゃぶ台返し」のごとく、自分の都合のよい枠組みをつくろうとしているように見えるわけです。具体的な経済効果については未知数……そんな声も聞かれます。かく言う日本も、協力の背景には「アメリカにTPPの場に戻って欲しい」という思惑があるわけです。
ただ、TPPに盛り込まれている関税撤廃には、アメリカ国内には抵抗する声がある……そして、アメリカでは今年(2022年)、中間選挙が控えています。そんな国内事情もあり、TPPに復帰するかは不透明です。IPEFには13ヵ国が加盟の意思を示していますが、今後、経済的な駆け引きがどう展開されるのかが大きな焦点になりそうです。
翌日には、「クアッド」の首脳が一堂に会しました。こちらも「自由で開かれたインド太平洋」がキーワードになりました。
「ウクライナ情勢を含め、法の支配や、主権や領土の一体性の諸原則の重要性については再確認することができた。力による一方的な現状変更をいかなる地域においても許してはいけないということでも一致した。4首脳がメッセージを一致して世界に発信できたことは、大きな意義があることであった」
岸田総理は成果を強調しました。注目されたのはウクライナ情勢への対応でした。特に、伝統的にロシアと関係が深いインドは、これまでG7各国などとは距離を置いた姿勢を見せていることから、今回の対応が注目されたわけですが、いわば「一般論的」「最大公約数的」なメッセージにとどまった感があります。
「国際情勢については、各国の歴史的、地理的事情で立場が完全に一致しないことがあるのは当然」と語ります。会合のなかで、制裁の話が出たのかについては、政府関係者は「内情の詳細については差し控えたい」と、明言を避けました。
アメリカとは経済分野で「IPEF」により、インド太平洋地域の枠組みの「仕切り直し」を狙っています。インドはウクライナ情勢に関しては、G7やEUとは距離を置いています。そして、オーストラリアは政権交代したばかり。アルバニージー首相が率いる労働党には、親中派とされる重鎮も多いとみられ、今後の外交姿勢に変化が生じる可能性があります。
思えば、各国の事情はひと癖もふた癖もあったわけです。岸田政権としては改めて調整の難しさを感じる機会だったのではないでしょうか。一方、中国はさっそくクアッドについて非難してきました。「アジア版NATO」にならないかと警戒しているようです。中国にインパクトを与えたという面では、一定の成果があったと言えるでしょう。
岸田総理は今後、参議院選挙もにらみながら、G7サミットが控えています。こうした外交メッセージの中身を磨いていくことができるか……手腕が問われます。(了)
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