アメリカの戦略が見えなかった「ペロシ氏の台湾訪問」 日本はどのような「メッセージ」を示すべきか

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国際政治学者で慶應義塾大学教授の神保謙が8月5日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。ペロシ米下院議長の台湾訪問について解説した。

台湾の立法院(国会)を訪れるペロシ米下院議長=2022年7月3日、台北(ロイター=共同)写真提供:共同通信社

中国が弾道ミサイル発射、日本のEEZに5発落下

ペロシ米下院議長の台湾訪問に反発する中国の習近平政権は、予告通り日本時間の8月4日午後1時から、台湾を取り囲む6ヵ所の海空域で軍事演習を開始した。日本政府によると、中国軍が発射した弾道ミサイルのうち5発が、日本の排他的経済水域(EEZ)に落下したとのこと。中国の弾道ミサイルが日本のEEZに着弾したのは初めてとみられる。

飯田)こうした事態は1996年の第3次台湾海峡危機以来だと言われています。全体の流れとして、ペロシ氏の台湾訪問はどうなっているのでしょうか?

神保)私自身、台湾海峡危機に関しては強い危機意識を持っています。米軍と日本の自衛隊は、日米同盟を含め、この危機にどう向かい合うかについてしっかりと体制を整備しなければいけない立場です。

ペロシ氏の訪台には「アメリカの戦略」が見えない ~止めるバイデン政権幹部を振り切り訪台

神保)今回のペロシ下院議長の訪問は、突発的な事案が中国軍の演習を誘発してしまったという意味において、あまりよろしくない展開だと思っています。「中国の主張を受け入れろ」とか「中国に配慮しろ」と言っているわけではなく、ペロシ氏の台湾訪問に「どのようなアメリカの戦略が含まれているのか」が見えないことが問題だと思います。

飯田)アメリカの戦略が見えない。

神保)例えば、バイデン大統領やホワイトハウス、米軍によって「緊密な連携を保ちながら、アメリカと台湾の関係を一歩踏み出す」ということが意図されていたならば、やるべきだと思います。それは「準備を整えて、さあいくぞ」という感じなのですが、「ニューヨーク・タイムズ」や「ブルームバーグ」にも書いてある通り、今回はバイデン政権の幹部が軒並みペロシ氏の訪問を止めようとしたのだけれど、強行したという話です。副大統領に次ぐ大統領の権力継承者のナンバー2ですから、米軍は防護せざるを得ないということで、しぶしぶ防護するわけです。

「中国軍はアメリカ軍の介入を阻止できる」というデモンストレーションを行わせてしまった

神保)そればかりか、今回は1996年より大規模な中国軍の演習を誘発してしまい、しかも台湾の東側でも実施させてしまった。偶発的な衝突が起こる可能性があるから危険だということもさることながら、何より中国軍にこのような大規模演習の口実を与えてしまい、それによって「中国軍はアメリカ軍の介入を阻止できるのだ」というデモンストレーションをやらせてしまったということが大きいです。

飯田)中国軍の脅威を。

神保)デモンストレーションを行うのであれば、アメリカ軍はそれをさらに突破できると。中国軍が軍力を見せつけたとしても、アメリカ軍はそこに介入できる能力があるというカウンターデモンストレーションを示すような行動をしなければいけないのです。

飯田)中国軍より軍力があるということを。

神保)ただ、今回は突発的な現象であるがゆえに、そこまでの態勢を整えて、中国軍の演習に向かい合うことができていないと思うのです。これは米軍にとっても国防総省にとっても、戦略的シグナリングと呼ばれる、「中国軍がどのような態勢を取ったとしても、我々の台湾に対するコミットメントは変わらない」ということを示すやりとりがプロの世界では大事なのですが、準備が整わないままに「中国はやってくれたな」という感じをアメリカ側がむしろ持っているのだと思います。

ペロシ氏の乗った専用機が取った航路 ~「安全重視のミッションではもう南シナ海の上空を飛べない」というメッセージを中国側に送ったことにもつながる

飯田)ペロシ氏の乗った専用機がどのように動くのか、世界中が注目していました。例の「フライトレーダー24」というサイトがつながりにくくなるくらい、多くの人に見られたと言います。あの航跡を見ると、直接南シナ海を渡るのではなく、南シナ海のへりを沿うような形で、一旦、東に行ってフィリピン海まで出て、そこから北上しています。これは中国の言う「第一列島線」のへりを回るような形で、「ここが勢力の均衡点なのか」と思えてしまいましたよね。

神保)安全を最大限に取ったということだと思います。仮に南シナ海から台湾に入るルートを通った場合に想定されるのは、中国軍機がスクランブルをして、下院議長の飛行機にピッタリくっつくということです。アメリカにとっては承服し得ないような状態をもたらし、場合によっては、2001年の海南島沖で起きたEP3事件、愛国心にかられたパイロットが……。

飯田)中国人民解放軍の空軍機が。

神保)アメリカ軍の航空機にぶつかった事件がありましたが、あのような事件が起きたら大変なエスカレーションが起きてしまうことも想定し、安全策を取ったのだと思います。ただ、中国側に送ったメッセージとして、「そういうミッションでは、もう南シナ海の上空を飛べないのですね」ということにもつながるわけです。そうすると海上・航空優勢の考え方において、アメリカ軍は苦々しい思いで今回のことを見ていると思います。

10日、台北の総統府で行われた「双十節」の式典で演説する蔡英文総統=2017年10月10日 写真提供:産経新聞社

ペロシ下院議長のアジア歴訪は「日米同盟にとって強力なバックアップを得た」という位置付けにすることが上策

飯田)ペロシ下院議長は8月4日夜、日本に到着し、岸田総理ともきょう(5日)の夜に面会する予定です。日本として、日米同盟として、どういうシグナルを出すべきですか?

神保)アメリカは行政府、米議会、司法と三権分立しているなかで、ペロシ下院議長は大統領の継承順位としては2番目に位置付けられているものの、現在の職務執行はアメリカ議会の下院を代表する立場にあります。

飯田)そうですね。

神保)アメリカ議会は、台湾の防衛と支援について、民主党・共和党の超党派で強力なメッセージを示しています。それ自体はアメリカの台湾防衛へのコミットにはプラスです。大統領が台湾を防衛するかどうかは、1979年の台湾関係法に基づいて「武器の供与はするけれども、実際に介入するかはあいまいである。そのときの大統領がアメリカの国内法を根拠に決める」ということになっています。それをアメリカ議会が支持することは、台湾の防衛に対して非常に強いコミットを示すことになり、台湾の抑止構造を保つためにもプラスです。こうなった以上、ペロシさんがアジアを訪問し、日本を訪れたということを「日米同盟にとって強力なバックアップを得た」という位置付けにすることが上策だと思います。

ペロシ氏訪韓に大統領が対面で会談しなかった理由 ~中国との関係を意識したため

飯田)韓国は出迎えも寄越さないし、大統領は休暇を理由に電話でしか会談しませんでした。日本の場合は総理が対面で会いますし、昨日(4日)の夜には外務副大臣が出迎えました。この対応の違いは何でしょうか?

神保)韓国はちぐはぐな印象を与えてしまいました。いかに「今回のペロシ氏の訪韓が突然決まったことであるか」を印象付けたと思います。下院議長が訪問するのですから、本来であれば丁重にお迎えし、米韓同盟を再確認する場として、アメリカ議会に対するメッセージを出す格好の機会なのです。しかし、その準備ができなかった。

飯田)韓国は。

神保)しかも韓国はおそらく、中国から強いプレッシャーを受けているのでしょう。韓国国内で再びTHAADというミサイル防衛の配備の見直し論が起きそうな状況について、早くも釘を刺されているのです。

飯田)強いプレッシャーを。

神保)THAADの話題が出たとき、韓国は中国から徹底的な経済制裁を受けましたから、韓国内政を揺るがす力を中国は十分に持っているのです。今回のペロシ氏訪韓をきっかけに、中国と韓国の関係が壊れるのではないかと、慎重になったのではないでしょうか。それが今回の韓国の対応になったのだと思います。

日本は中国の演習に対して抗議し、ペロシ下院議長と共同で日米同盟の結束を示すべき

飯田)日本についてですが、ミサイル5発がEEZに撃ち込まれたことに対して、岸防衛大臣は8月4日の段階で記者団に発表を行い、声明も出しています。ここへ来て総理はペロシさんと会い、メディアに姿を見せます。官房長官も定例会見を1日に2回やりますよね。どのようなメッセージを出せばいいのでしょうか?

神保)こうなった以上、やることがいちばんいいと思います。中国軍が与那国のすぐそばにある台湾の東側で演習を行っているのです。亡くなられた安倍元総理が言われていた「台湾有事は日本有事である」という言葉が、期せずして、実際の問題だということを示すことになったのです。このような事態になった以上、日本は中国に厳しく、演習に対する抗議をするべきだと思います。また、日米同盟の結束を示すことは大事なので、下院議長と一緒にメッセージを出すべきだと思います。

日中国交正常化50周年

飯田)EEZが演習区域になったときも、最初はただ「懸念を示す」と言うだけでした。日中外相会談を前に、かなり抑制的だったのかなとも思いましたが。

神保)2022年は日中国交正常化50周年という年ですが、前半は、岸田総理とバイデン大統領の日米首脳会談で台湾を意識し、同盟を強化するという方向性が示されました。他方、対中外交も大事だというバランスのなかで、2022年の後半を迎えようとしていたのだと思います。やはりこういう事態が生じると、機敏な判断として、中国との競争路線に日本が妥協しない姿勢を示すことは重要だと思います。おそらく対中外交の日程や狙いについては、かなりスケジュールが崩されたのではないでしょうか。

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