国際政治学者で慶應義塾大学教授の神保謙が8月5日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。広島の原爆慰霊碑に献花し、ウクライナでの核兵器の使用を否定したロシアのガルージン駐日大使について解説した。
駐日ロシア大使が広島の原爆慰霊碑に献花、ウクライナでの核兵器の使用を否定
8月6日、広島は原爆の日を迎える。これを前に、ロシアのガルージン駐日大使が8月4日午前、広島市の平和記念公園を訪れ、原爆慰霊碑に献花した。ウクライナ侵略で核兵器の使用をほのめかし、ニューヨークで開催中の核拡散防止条約(NPT)再検討会議でも批判が相次ぐなかでの訪問となった。ガルージン氏は「アメリカが行った原爆投下での犠牲者の方々を追悼するために来た」と話し、「ウクライナでの特別軍事作戦でロシアが核兵器を使うことはあり得ない」と強調した。
飯田)平和記念式典に招待されていないということがあり、事前の訪問となりました。いままさに核を使う可能性がいちばん高い国ではないでしょうか?
神保)ロシアはウクライナ侵攻の数日後に、プーチン大統領が「ロシアの戦略核部隊を特別警戒態勢に上げる」と言い、あからさまな核の脅しをNATO側にかけました。さらにロシアの軍事ドクトリンでは、紛争のエスカレーション、徐々に緊張が高まっていく中期段階で核兵器をデモンストレーション的に使うことで、「このまま紛争規模が拡大すればロシアは核を使う準備がある」ということを示し、相手の介入を阻止するという考えもあるようです。
核保有国のなかで最も核兵器を使いやすいロシアが、一方では新START条約の見直しもまんざらでもない ~ウクライナとの戦いで核の重い問題を再認識
神保)そういう意味で言うと、おそらくロシアは核兵器保有国のなかで、最も核兵器を使いやすい国になっているのだと思います。ロシアの複雑なメッセージ、「核兵器を使う準備がある」、「世界の終わりに導くつもりか」という脅しが一方にあり、他方でNPTの再検討会議におけるロシア側の発言は比較的慎重な方向に振れています。
飯田)NPTでは。
神保)不思議な現象なのですが、ウクライナで戦争が起きているにもかかわらず、バイデン大統領側もロシア政府側も、2026年に延長しなければならない新START条約の見直しについて、まんざらでもない雰囲気なのです。私は交渉自体が成り立たないのではないかと思っていましたが、それだけ(ウクライナ情勢は)核というものが重い問題なのだと再認識する数ヵ月だったのではないかという気がします。
ハイブリッド戦略を使い、戦場の領域を変えるロシアの戦い ~または核兵器を早期に使用して戦況を劇的に変える
飯田)ロシアの核戦略として「デモンストレーション的に使う」というのは、人がいないところや海上にまず核兵器を撃ち込んで炸裂させ、「このような状況が市街地で起きたらどうするのだ」と脅しをかけるということですよね。ロシアはそれを研究してきたらしいですね。
神保)ロシアにとって、この数十年間は、かつてのような通常戦力での西側に対する優位性をもはや担保できないと。
飯田)ソ連時代のような。
神保)現状では、通常戦力やハイテク兵器はアメリカやNATOが更新し続けて、ロシアはその更新ペースに通常戦という意味でもついていっていません。
飯田)ロシアは。
神保)1つはハイブリッド戦略を使って、戦場のドメイン(領域)を変えてしまい、そこで戦うというやり方。もしくは核兵器を比較的早期に使用することによって、オフセットと言いますが、戦況を劇的に変えていくような効果を使うというのが、いまのロシアの戦力的な考え方です。
ロシアの核戦略を学ぶ北朝鮮 ~より低出力の核兵器を、戦争しながら使うという戦略を示す
飯田)ハイブリッド戦の話が出ましたが、偽の情報を流したり、あるいは正規軍ではなさそうな部隊を投入するなど、グレーなところを全部使うようなことをやりつつ、オプションのなかに核を含めていく。そういう国が日本の目の前にあります。ロシアのやり方は、北朝鮮や中国に対しても影響があるのではないかと思うのですが、いかがですか?
神保)北朝鮮については、核兵器の有効性・効果を再認識するきっかけになったと思います。北朝鮮は核兵器の開発をいまでも続けていますが、かつてであれば「アメリカの介入を阻止するための最終兵器」、つまり「これ以上エスカレートしたら、アメリカとその同盟国に対して撃ち込める能力があるのだぞ」という形で、抑止戦略を取ろうとしていたのだと思います。
飯田)これまでは。
神保)ただここ数年は、より低出力の核兵器を、戦争しながら使うという戦略を示しています。これは非戦略核のエスカレーション抑止のための利用という見方なのですが、いろいろな形で北朝鮮もロシアの核戦略から学んでいるのだと思います。それが有効だということをアメリカに示せば、北朝鮮も現在の状況を有利に展開できるかも知れないと。
中国は2030年代には戦略核を1000発まで増やす ~厳しい環境のなかで「どのように対応していくか」日本にとって重要な課題
神保)アメリカ国防総省の年次報告書によれば、中国は2030年代には、戦略核を1000発まで増やすかも知れないということです。核兵器をめぐる環境は、これから10年間、ますます厳しい状況になります。
飯田)これから10年間。
神保)そのなかでNPTが開かれています。岸田総理は核軍縮を進めたい、来年(2023年)のG7広島サミットに向けてしっかりと動きを起こしていきたいのだと思います。しかし、この厳しい核の環境のなかで、異なる核兵器のレイヤー別の問題にどう対応していくのか。この辺りが日本政府にとっても、岸田総理にとっても重要な考えどころだろうと思います。
緊張が高まったときの階段の真ん中が抜けている ~中距離ミサイルの射程範囲内における抑止構造が中国に圧倒的に優位
飯田)新STARTの話が出ましたが、中距離の核ミサイルに関しては、中国は枠組みの外にいるからつくれるし、実際に持っています。米露はそれを持つことができない状態で、力の不均衡が広がっています。しかも、中距離の核は日本には届きますが、アメリカには届かないではないかと。これは日米同盟にとって、本当に穴になる可能性がありますよね。
神保)「抑止の階段」と言いますが、徐々に緊張が高まったときの階段の真ん中がすっぽり抜けているのです。最終戦争になれば、戦略核の撃ち合いで均衡しているのですが、その下にある戦域、数千キロにわたる中距離ミサイルの射程範囲内における抑止構造が、いまは中国に一方的に有利な形になっているのです。
飯田)一方的に中国が有利な形に。
神保)これをどのような形で均衡させ、バランスを保っていくのかが重要なのですが、日米から見ると我々は海の環境・空の環境です。中国の陸の環境に比べ、戦略用語で言うと重心性に欠けるのです。
「抑止の階段」の均衡をどのように保つか ~通常戦力を含め戦略論の重要な論点
神保)新しいアセットを置くにしても、「どこに置いておくのか」、「どのように展開するのか」ということで、著しく不利な環境なわけです。どのように階段の真ん中の均衡を保つのか、いろいろな手段で考えていかなければならないというのが、いまの戦略論の重要な論点です。
飯田)それは通常戦力を含めてということですか?
神保)その通りです。「統合作戦コンセプト(Joint Warfighting Concept)」を通じて、陸・海・空・海兵隊の統合化をどう前線に持っていくのか、第一列島線のなかでどのように戦っていくのか。この辺りの議論を整地化していく必要があると思います。
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