国際政治学者で慶應義塾大学教授の神保謙が8月5日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。ロシアのプーチン大統領とトルコのエルドアン大統領の会談について解説した。
ロシアのプーチン大統領とトルコのエルドアン大統領が会談へ
トルコ大統領府の発表によると、エルドアン大統領は8月5日にロシア南部のソチを訪れ、プーチン大統領と会談する予定である。トルコと国連による仲介で、ロシアとウクライナが合意したウクライナ産穀物の海上輸送や、トルコがシリア北部で検討している軍事作戦などについて議論するとみられる。
最大の案件は穀物の輸出をめぐる問題 ~ウクライナ産の小麦が輸出できないことが世界中の穀物価格に影響
飯田)両首脳は7月19日にイランで会談したばかりです。トルコは独特の動きをしますね。
神保)両国で話し合うべき最大の案件は、穀物の輸出をめぐる問題です。ウクライナ産の小麦などの農産物は、黒海から出港して世界の市場へ出て行くのですが、それをロシアが止めていて、世界中の穀物価格に大きな影響を与え、食料安全保障という問題になっています。
ウクライナからの穀物輸出に関する合意文書に署名 ~この合意を履行させ、安全を保つことを確認し合うことが重要
神保)これを打開するために、7月にロシアとトルコで交渉が続けられ、7月22日に「120日間有効である」という合意をしました。農産物を載せた貨物船がロシア軍から攻撃を受けないようにウクライナ、ロシア、トルコが署名したのです。
飯田)120日間有効であると。
神保)また、いま黒海には機雷などが浮かんでいて、迂回して安全に航行しないと商業船は通れませんので、それをウクライナの艦艇が導きながら進む邪魔をしないということです。この合意をしっかりと履行させて、安全を保つことを確認し合うのが重要なので、トルコに「お願いします」と世界中の目線が集まっているわけです。
飯田)積み出しするオデーサ港に対して、署名したと思ったらロシア軍が攻撃したということもあり、「本当に履行できるのか」ということが注目されています。
神保)1つひとつの安全が脅かされる事態が起こると、民間商船はどうしようもないわけです。合意を履行する条件がロシア軍の各部隊に徹底されていないと安全が確保できないので、それを確認する意味も込められていると思います。
ウクライナの小麦などの穀物に依存している中東やアフリカ
飯田)食料安全保障というお話がありました。穀物価格の高騰は、中東やアフリカの国々では政情不安まで引き起こすのではないかと言われています。
神保)ウクライナ産の小麦は大きなシェアを占めていて、小麦などの穀物を輸入に依存している国々にとっては、何とかして海上のサプライチェーンを維持して欲しいと願っています。それがロシアとトルコの交渉に委ねられているため、ここは大事なポイントになりそうです。
トルコが穀物の検査をすることも重要 ~原産地と輸出形態についての証明
飯田)他方、ロシア側がウクライナ国内で占領したところから収奪した穀物を、産地を偽るような形で出そうとし、エジプトで拒否されたというニュースがありました。この辺りの安全性や正当性はどのように確保していけばいいのでしょうか?
神保)どこまで原産地と輸出形態について証明できるのか、トルコは検査をして、ボスポラス海峡から外に出していくことができます。検査体制が敵対的にならないような範囲で安全に履行することは、「どこでつくられた小麦が、どの市場へ出ていくのか」というトレーシングの視点からも重要だと思います。
いろいろなところに顔を利かせながら、安全保障を推進しているトルコ
飯田)トルコ独特の立ち位置が注目されています。ボスポラス海峡を持っていることは大きいのですね。
神保)確認しなければいけないことは、トルコはNATO加盟国であり、西側の一員としてNATOの軍事戦略を支える国だということです。NATO加盟国であるにもかかわらず、最近はS400という高性能な地対空ミサイルをロシアから輸入しています。あるいは自らのクルド問題やトルコの地政学的な環境を、ロシアとの協力によって有利にしようという外交さえ見せています。いろいろなところに顔を利かせながら、安全保障を推進している国という点で興味深いですね。
奥深い態度で多角外交を行うトルコ ~NATOにすべてを依存してもトルコの安全保障は成り立たない
飯田)あの地域での地域覇権国になろうとしているのですか?
神保)ヨーロッパとアラブ世界の結節点にいるという環境を、最大限に利用しようとしているのだと思います。一方でトルコの周りには、コーカサスやシリアなど不安定な地域があり、安全保障上の懸念も強いのです。NATOに加盟しているからと言って、地域的な紛争要因にすべてNATOが対応できるわけではありません。トルコの言い分としては、安全保障を担保するためにも、柔軟な外交を保たなければいけないということです。ウクライナにもバイラクタルを売っていましたね。
飯田)無人機ですね。
神保)もちろんトルコは、「それはトルコ政府ではなく民間企業が売っている」と言っていますが、そんな説明は通用しません。多角外交という点で言うと、本当に奥底深い態度を取っていると思います。
飯田)何枚舌なのかという話ですよね。ロシアのミサイルシステムを入れたがために、NATO加盟国にもかかわらず、アメリカの最新鋭の戦闘機が入ってこないという事態も起こっています。
神保)アメリカ議会はトルコに関し、きわめて厳しい姿勢を取っています。対露強硬路線で、トルコに同じ目線になって欲しいと強く願っているのです。ただトルコにもさまざまな言い分があり、NATOにすべてを依存しても、トルコの安全保障は成り立つものではないということです。
飯田)トルコの立場としては。
神保)しかも強い交渉力を持ち、NATOのなかで活動しています。例えば、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟問題についても、トルコは取れるものをすべて取って認めさせたという経緯があります。
飯田)「クルドを支援するような国はNATOには入れさせない」という感じで、ギリギリまで粘りましたものね。
神保)北欧諸国は民主主義や人権に対する強い立場を示すことが大事なのですが、「NATO加盟」という戦略的な目的のためには、ある程度妥協せざるを得ない。それを導き出したのがトルコだということですよね。
日本がトルコをモデルにすることは難しいが、その強かな外交は参考になる
飯田)この交渉力は日本も学ぶべきところがありますか?
神保)トルコがモデルになるかと言うと、なかなか難しいです。トルコ自身はガバナンスの問題や人権問題を抱えている国なので、そのようなところを参考にすることにはならないと思います。ただ同盟国のなかで、どのような「テコ」を持ってアメリカや他の同盟国と付き合っていくかという点において、強かな外交でここまでできるということは参考になると思います。
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