神奈川大学法学部・法学研究科教授の大庭三枝氏が10月24日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。共同声明の採択を断念したアジア太平洋経済協力会議(APEC)の財務相会合について語った。
APEC財務相会合、共同声明を見送り
アジア太平洋経済協力会議(APEC)の財務相会合が10月20日、タイの首都バンコクで開かれた。会合ではロシアのウクライナ侵略や台湾海峡の緊張をめぐってアメリカ・中国・ロシアなどの加盟国が対立。議長国タイは意見集約が困難として共同声明の採択を断念した。
飯田)今回、共同声明に至らなかったことをどうご覧になりましたか?
大庭)確かに経済を話す会議としてAPECは設立されましたし、メインは経済なのですけれども、昨今の状況では、どうしても政治問題についても言及があり、共同声明を出すのは非常に難しかったのだろうと思います。
飯田)ウクライナ情勢もあり。
大庭)ただ、タイと今度の20ヵ国・地域(G20)の議長国であるインドネシア、そして東南アジア諸国連合(ASEAN)の2022年の議長国であるカンボジアは、かねてから「自分たちが主催する会議においては包含的なアプローチを取る」ということを明言していました。
飯田)包含的なアプローチを取る。
どの国とも関係を結び、その仲立ちをすることで自分たちの影響力を確保するタイ、インドネシア、カンボジアの外交姿勢 ~その結果、共同声明が犠牲に
大庭)つまりロシアや中国、アメリカなどの先進国も「加盟国のメンバーはすべて会議に呼ぶ」と以前から名言していました。さまざまなところへの配慮というリアクション的な側面もあるのですが、彼らの外交アプローチ自体が「どの国とも関係を結び、仲立ちをすることで自分たちの影響力を確保する」というアプローチがありますので、今回もすべての加盟国を招待して会議している。しかし、その結果、共同声明のような合意に至って発表すべきものは犠牲になるということだと思います。
先進国からの「ロシアを外せ」というアプローチに従わなかった
飯田)どんなに角を突き合わせている間柄であっても、集まって話す機会はなければいけないだろうと。そちらの方を重視するのがASEAN各国の姿勢でもあるということでしょうか?
大庭)その通りだと思います。よし悪しはあると思うのですが、他方で、そういう場がなくなってしまうことも避けなければいけない。先進国側からは「ロシアを外せ」というアプローチも相当あったようですけれど、「それには従わない」ということを以前から明確にしていた点は留意しておく必要があると思います。
ウクライナ情勢などに対して実質的な成果を出すことはASEANやAPECでは難しい
大庭)(ASEANの今後については)私はASEANやAPECの性質が急に変わるとは思いません。むしろ急激に変えることで排他的な要素が出てきてしまうと、枠組み自体の特徴や利点が失われると思います。ただし、何か実質的な合意に至り、実行されることは結局、ASEANやAPECの外で行われます。
飯田)実質的な合意や実行は。
大庭)さまざまなステークホルダーが顔を突き合わせて、それなりのつながりをつくっておく。そして、もう少し事態がよくなったときに、共通の規範なり図なりをつくって維持を確認したり、という枠組みの形で、ASEANやAPECは残っていくのだろうと思います。ただし、いまはロシアによるウクライナ侵攻など、厳しい状況があります。そのなかで実質的な成果を出すのは、この手の組織では難しいということだと思います。
中国との関係も維持し、日米との関係も維持するのがASEANの立ち位置 ~「専制国家VS自由な社会」の争いに巻き込まれたくない
大庭)(ASEAN各国による中国への対応にある、微妙な温度差については)いまでも変わらないと思いますが、東南アジアから見た世界は白と黒に別れているのではなく、灰色なのだろうと思います。彼らは米中が対立していることをわかっているし、ロシアのウクライナ侵攻で、先進国の目からすれば「専制国家VS自由な社会」という対立があることもわかっていると思います。他方で、自分たちがそういう争いのなかに完全に巻き込まれることを非常に恐れている。だから中国との関係もそれなりに維持するし、アメリカや日本のような国々との関係もきちんと維持していく。それをこのような状況のなかで努めるというのが、ASEANの立ち位置なのだと思います。
ASEAN諸国の脆弱な国は中国寄りにならざるを得ない ~ある程度力のある国は中国からの援助や支援を受け入れるかどうかは選択的な問題
大庭)経済的にはどうしても中国の影響が、貿易にしても投資にしても支援にしても非常に大きいのですが、中国への依存度はASEAN諸国のなかでも違いがあります。例えばASEAN先発国には、既にシンガポールのように先進国並みになった国や、中所得国とは言っても上位中所得国となっている国もあります。そういう国々が中国の援助や支援や投資を受け入れるかどうかは、選択的な問題だと思います。
飯田)ある程度所得のある国は。
大庭)しかし、カンボジアやラオスのような、まだ脆弱で工業化のレベルも低い国にとっては、やはり中国の投資や支援が不可欠です。そういう国はどうしても中国寄りになっていくと思います。
習近平氏に権力が集中することで、中国への安全保障上のリスクをより強く意識せざるを得なくなる東南アジア諸国
飯田)習近平氏が3期目体制になり、「強権・1強独裁」という見出しも出ていますが、基本的にASEANの受け止め方は変わらないのですか?
大庭)変わらないと思います。あくまでも中国国内の体制の話なので、それは変わらないのですが、戦狼外交がこのまま維持される、あるいは強化されることを心配しているのだと思います。
飯田)戦狼外交に対して。
大庭)習近平氏に権力が集中し、「周りの国々との協調や先進国との協調」よりも自分たち独自の路線でやっていく。そして自分たちの核心的利益を優先する立場を取っていくとなると、やはり近隣諸国、特にアジアの近隣諸国の外交も強硬なもので維持される。あるいは強硬化がもっと進むことになりますから、南シナ海問題や南シナ海に関わるシーレーンの問題、そして台湾海峡をめぐる問題など、中国の強硬化については、東南アジア諸国も中国発の安全保障上のリスクをより強く意識せざるを得ないと思います。
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