陸路と自衛隊機を使ったスーダンからの「邦人退避」のオペレーションは「プランC」だった

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アジア・パシフィック・イニシアティブ主任研究員の相良祥之氏が4月26日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。情勢が悪化するなかで行われたスーダンからの在留邦人退避について解説した。

陸路と自衛隊機を使ったスーダンからの「邦人退避」のオペレーションは「プランC」だった

※画像はイメージです(C2輸送機)

スーダン首都「ハルツーム」で希望するすべての在留邦人退避

戦闘が続くアフリカ北東部スーダンからの在留邦人とその家族の退避について、政府は首都ハルツーム市内在住で、希望していた全員の退避を終えたことを明らかにした。自衛隊の輸送機で退避した45人など外国籍も含め、合計58人が出国した。

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林外務大臣)自衛隊派遣のC2輸送機により、在留邦人41名とその家族4名、計45名がジブチまでの退避を完了いたしました。また、フランスや国際赤十字の協力を得まして、在留邦人10名とその家族3名、計13名がジブチやエチオピアに退避いたしました。引き続き関係各国とも緊密に連携しつつ、在留邦人の退避や安全確保に全力を挙げて対応してまいりたいと考えております。

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飯田)まず陸路で30時間以上かけて、ハルツームからポートスーダンへ移動したということですが、今回のオペレーションをどうご覧になりますか?

相良)本当によかったですね。私自身も以前、スーダンの首都ハルツームに国連機関の職員として2年間ほど住んでいたことがあり、心配しながら見ていました。現地は厳しい状況だったと思います。

日本政府は情勢を見ながら退避オペレーションを「プランA」から「プランC」に修正

相良)日本政府が情勢を見ながら、退避オペレーションを少しずつ修正して、結果的に退避が成功したのだと思います。

飯田)情勢を見て修正した。

相良)スーダンでの外国人の出入国ルートは、首都ハルツームの空港が中心になっています。従って、当初はハルツームの空港から空路での退避を予定し、自衛隊の輸送機をまず周辺国ジブチに派遣したのです。

飯田)当初は。

相良)ハルツーム国際空港から退避するのが「プランA」だったと思います。しかし、空港の周りでスーダン国軍と準軍事組織「RSF」の戦闘がなかなか止まないため、ハルツームから陸路で北東部の港町ポートスーダンまで移動する。そして船で出国するというのが、おそらく「プランB」だったと思います。

陸路と自衛隊の輸送機を上手く使った「プランC」は見事なオペレーション

相良)実際に(アラブ諸国の国民などを含む)最初の退避が始まったのは4月22日で、それはポートスーダンからサウジアラビアに海路で出国した「プランB」だったのです。

飯田)最初に行われた退避は。

相良)しかし、日本政府は今回「プランC」として、ポートスーダンまで陸路で移動したあとに空路で出発したのです。私もポートスーダンと言えば海路だと思っていました。自衛隊の輸送機を上手く使い、30時間以上の陸路を組み合わせた、見事なオペレーションだったと思います。

飯田)刻一刻と情勢が変わるなかでプランを修正していったのですね。

相良)日本から出発する際にも、情勢を見ながらいくつかオプションを考えたのだと思います。また、関係国との調整や情報収集を行っていたようですので、柔軟にプランを組み替えていったのだと思います。

フランスの協力で大使館関係者ら在留邦人とその家族など8名が退避

飯田)韓国やUAEなど、いろいろな関係国の名前が出ています。

相良)韓国やUAE以外にも、いろいろな国と連携したと思いますけれども、今回はフランスとの連携が大きかったと思います。

飯田)フランスとの連携が。

相良)まず45人の日本人の方をポートスーダンから空路でジブチに退避させたあと、大使館の方々とそのご家族など8名が残っていたのだと思います。首都ハルツームで日本人の出発を見届けて残られたときに、フランスがハルツームの北にある空軍基地から出発することになり、席が空いているということで乗せていただいたのです。

飯田)フランスの協力で。

相良)邦人退避を実現させるため、首都に残っておられた大使館の方々も無事に退避できたということで、フランス軍との協力も重要だったと思います。

飯田)最後に残ったのは、ある意味で殿(しんがり)を務めたような方々だったわけですね。

相良)陸路で30時間以上掛かり、報道で出てきているだけでも、いろいろなトラブルがあったようです。そうなると首都で調整する必要が出てきます。そのときに誰かが残るとなると、それは大使館の方になります。その方々がすぐに退避できてよかったと思います。

外交官から退避させた米英

飯田)アメリカやイギリスは、まず外交官から退避させました。イギリスでは批判されていますよね。

相良)アメリカが今回、脇目も振らずに外交官をいち早く退避させたのは、「アフガニスタンでの失敗を繰り返せない」ということが強い意識としてあったのだと思います。また、アメリカの場合は少し特殊で、アメリカ大使館は市街地からかなり離れたところにあるのです。

飯田)大使館が。

相良)自爆テロの車両が来ても大使館に被害が及ばないような、基地のような場所にあるのです。そこに滑走路を必要としない輸送ヘリで救出に向かい、まずは外交官や大使館関係者を最優先で退避させました。イギリスもまずは自国の外交官を退避させましたが、当然、残された方々もいるわけで、イギリスではかなり批判が出ているようです。

紛争地などでの経験が乏しい日本

飯田)自衛隊はポートスーダンまで行き、そこから動く形でしたけれども、いまの法律ではこのぐらいが限界ですか?

相良)法律の問題よりもオペレーションです。紛争地などでの相場観について、日本も徐々に経験を積んでいるのだと思います。

飯田)紛争地での経験を。

相良)例えば今回、滑走路が必要な輸送機をジブチに送りました。この時点でアメリカのようなオペレーションはなかなか難しい。アメリカは既に空港がかなり押さえられていて、滑走路を使ったところで輸送機を飛ばすのは難しいという判断をどこかでしたのだと思います。

飯田)アメリカの場合は。

相良)陸路を使う話もありましたけれど、エチオピア北部は内戦地ですので、そこを越えるのはかなり難しい。アメリカやイギリスは事前の備えもあったでしょうし、オペレーションとして柔軟な調整ができていたのだと思います。

飯田)スーダン南部とエチオピア北部が接しており、その辺りは不安定な場所だったということですね。

落としどころを探り、国連やAU、アメリカなどが和平調停を進める

飯田)国軍と準軍事組織RSFが衝突するスーダンの情勢ですが、この先の見通しはどうなりそうですか?

相良)軍事的には、国軍は空軍を持っているので空爆できるわけです。RSFはそれが怖いのです。従って、最初はスーダン北部のメロウェ空軍基地を襲撃したのですが、軍事的にはRSFが劣勢だと思います。

飯田)RSFが劣勢。

相良)停戦合意はできていますので、どこかで落としどころを探らなければいけない状況です。国連やアフリカ連合(AU)、アメリカなどが和平調停を進めています。外国人は退避できていますけれども、いちばん苦しいのはスーダンの人々ですので、紛争ができるだけ早く収束することを願っています。

飯田)もともとは民主化プロセスの真っ最中で、ある意味、利権をめぐる仲間割れが起こったという理解でいいのでしょうか?

相良)市民の多大な犠牲の上にできた政府を、軍とRSFが乗っ取ったということで、結果的に軍とRSFが衝突しているのです。いちばん苦しいのは市民だと思います。

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