民間初の月着陸は“お預け”に 将来の成功に向けて……

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「報道部畑中デスクの独り言」(第325回)

ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、月面着陸を試みた日本の宇宙ベンチャー「ispace」について---

ispaceの関係者が記念撮影(4月26日午前2時過ぎ撮影)

画像を見る(全5枚) ispaceの関係者が記念撮影(4月26日午前2時過ぎ撮影)

4月25日深夜、東京・江東区青海、臨海副都心にある日本科学未来館。周辺は深夜になると、付近のコンビニ以外、静かになる一帯もこの日は人が次々と訪れ、異様な盛り上がりを見せていました。月着陸機の着陸発表会の会場がそこにありました。

日本の宇宙ベンチャー「ispace(アイスペース)」が開発した着陸機は、「HAKUTO-R(ハクトアール)」と名付けられました。白兎=白いうさぎ……月の模様はうさぎが餅つきをしている姿に例えられます。

日付が変わり26日午前1時過ぎになると、発表会会場はispaceの関係者、家族、海外も含めたメディア……ざっと200人以上に膨れ上がりました。小さな子どもの姿もありました。

着陸機は昨年(2022年)12月にアメリカ・スペースXのロケットで打ち上げられました。高さ2.3m、幅2.6m、重さ340kgの機体には、JAXA=宇宙航空研究開発機構のロボットも搭載され、着陸後、月面を走行する……そんなカリキュラムが組まれていました。

これまで月面着陸に成功したのはアメリカ、旧ソ連、中国の3ヵ国しかありません。しかも、すべてが国の機関。イスラエルは4ヵ国目を目指し、2019年に挑みましたが、失敗に終わっています。日本はどうか……成功すれば民間では世界初の快挙です。

「何もないところから13年が経った。みんなとここにいられることを誇りに思う」

袴田武史社長は英語であいさつ。「さらなる高みを目指す段階」と力を込めました。

発表会会場のロビーにはカウントダウンのボードが設けられた(4月25日午後11時40分撮影)

発表会会場のロビーにはカウントダウンのボードが設けられた(4月25日午後11時40分撮影)

月面着陸予定時刻は午前1時40分。無事着陸すれば機体のハイゲイン(高感度)アンテナが地球を向き、着陸を示すデータを地上で受信……これが着陸の「証し」となります。会場には2つの大きなプロジェクター、左にはワクワクした表情の袴田社長、右にはMCC(ミッションコントロールセンター)の様子が映し出されていました。いつデータが来るか……会場もかたずをのんで見守っていました。

しかし、やきもきした空気から10分ほどして、プロジェクターはHAKUTO-Rのこれまでを伝えるVTRに切り替えられました。スタッフの出入りが激しくなり、「何かあった? もしかして……?」と不穏な雰囲気になるなか、午前2時を過ぎます。会場前方に座っていた関係者が客席から向かって左側に誘導され、記念撮影。

「え、どうして?」と報道陣の誰もが思っていたところに、袴田社長からのあいさつとなりました。終始英語で進んでいたスピーチは最後、日本語になりました。

「現在のところ、月面への着陸が確認できていません。MCCの報告によりますと、月面の着陸のところまで通信が確立できていたもようですが、(着陸予定時刻を過ぎた)現在、通信が確立できていない状況のようです」

現状報告があった後、袴田社長は「我々は歩み続けます」と締めました。

「着陸の証し」が得られなかったことはわかりましたが、それは受信状況によるものか、機体の損傷によるものか……そうしたことは不明のまま、報告会終了となりました。

夜が明けて、午前10時に改めてispaceによる記者会見がありました。私はこの時間、本社でニュースデスクを担当していたため、オンラインでの参加となりました。

着陸予定時刻を過ぎても参加者はかたずをのんで見守る(4月26日午前1時40分過ぎ撮影)

着陸予定時刻を過ぎても参加者はかたずをのんで見守る(4月26日午前1時40分過ぎ撮影)

袴田社長からは冒頭、午前8時の段階で通信が確立できず、月面着陸が達成できないという状況が「確定」したことが報告されました。

記者会見には袴田社長の他、技術責任者である氏家亮CTOも同席。説明では、着陸予定時刻を過ぎても、着陸を示すデータを受信できなかった一方、通信途絶前に降下速度が急速に上昇したことがデータから確認されたということです。

これらから推定されるのは、高度の認識に誤りがあったということ。つまり、本来の着陸地点より高い上空で機体が「高度ゼロ=月面に着陸した」と認識。その後、高度が「マイナス」になっても「地面はまだか」と、機体はスラスタにより、安全に着陸するための速度を制御していたものの、推薬(燃料)が尽きて、その後はフリーフォール(自由落下)の形で月面にハードランディング=衝突した……というものでした。

氏家氏は「高度というものは誤差を持っているのを理解して設計・製造を進めている」とも述べています。高度の誤認識が、設計・製造時に想定した誤差の範囲を超えていたと言えそうです。なお、落下した速度については「設計の範疇を超えるスピード」と述べたものの、具体的な数値は明らかにされませんでした。

また、こうした現象がハードウェアによるものか、ソフトウェアによるものかは今後、分析を進めていくということです。会見では氏家氏が「本当に感謝を心から伝えられることがすべて」と、声を詰まらせる場面もありました。

着陸と一言で言っても、それは大変困難です。特に指摘されるのは重力と大気の問題。月の重力は地球の6分の1ではありますが、それでも、その重力に引っ張られる可能性があります。さらに大気のない月では、パラシュート降下のような芸当はできません。

今回の機体は実際には、月の上空100kmで時速6000kmから新幹線並みの300km→自転車並みの17km→最終的に歩くほどの速度になるよう、逆噴射で速度を制御していきます。これらの速度制御は約1時間で行います。こうしたことから、月への着陸は高速道路を走る車が急ブレーキを踏むことに喩えられる場合もあります。しかも、今回の月面着陸は事前テストのない「一発勝負」でした。

4月26日午前10時から始まった記者会見 写真右は状況を模型で説明する氏家亮CTO (オンライン画面から)

4月26日午前10時から始まった記者会見 写真右は状況を模型で説明する氏家亮CTO (オンライン画面から)

小惑星「リュウグウ」からの砂粒を採取する快挙を成し遂げた探査機「はやぶさ2」も、実は2回目の着陸の際、探査機が異常を検知し、アボート=離脱となりました。その際に探査機に仕込んであったカメラが撮影したリュウグウ表面の画像が、着陸成功に大きく寄与しました。成功には運も伴うことを痛感します。リュウグウの重力は地球の8万分の1ですが、そんな微小重力のなかでも精密な速度制御が求められるわけです。

一方、袴田社長は月面着陸までのデータは獲得できていることを改めて強調し、「本当に着陸の直前までデータを獲得できた民間企業は我々のみだと思う。次に向けた大きな大きな一歩」と胸を張りました。

会見には科学担当だけでなく、経済担当の記者の姿もありました。今回のミッションは経済の視点でも注目される出来事でした。今回、着陸が達成できなかったことによる今期業績への影響は軽微ということですが、NASAやJAXAなどの国の機関とは違い(もちろん国との厳しい折衝はありますが)、民間企業は資金を自ら集めなくてはなりません。常に走り続けなくてはいけないわけです。

2024年には「ミッション2」と呼ばれる月面輸送サービス、データサービス提供の検証、2025年にはアルテミス計画に貢献する「ミッション3」の打ち上げが控えています。

袴田社長は会見で次のように訴えました。挑戦は続きます。

「我々は非常に大きなビジョンを掲げている。地球と月の間の経済圏をつくっていく。ミッション2、ミッション3に向けて取り組んでいくことが投資家の方々への最大の約束。我々を信じていただきたい」(了)

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