それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
ラジオ業界にはなく、テレビ業界にはあるのが「消えもの」です。セットに飾る花や、出演者が口にする食べ物・飲み物のことで、番組終了後には消えてなくなることから「消えもの」と呼ばれています。
「消えもの」という仕事の第一人者として活躍を続け、昭和51年に始まった『徹子の部屋』の初回放送からその日のゲストに合わせて花を選び、生け続けてきた方が石橋恵三子さんです。
1万2000回を超える長寿番組『徹子の部屋』の第1回ゲストは、森繁久彌さんだったそうです。延べ1万人以上のゲストが登場しました。黒柳徹子さんが「ゲストの次に大切なゲスト」とおっしゃっているのが、真ん中に飾られている花です。
この「消えもの」を担当してきた石橋恵三子さんは、昭和15年生まれ。徹子さんより7つ年下の82歳です。文京区白山で自動車のタイヤ販売店を営む両親のもと、3女として生まれました。
小さいころからお転婆娘で、大人の自転車を「三角乗り」で走り回っているうちに、転んで左腕を骨折。親に叱られるのが嫌で2日も痛みを我慢したことから、付いたあだ名は「不死身のエミちゃん」だったそうです。
目立ちたがり屋さんで、お遊戯では主役。運動会では応援団長など、「やるなら目立った方がトク」という性格でした。
ソフトボール部の強豪校・大妻高校に入学すると、1年生でレギュラーに。キャッチャーで4番でした。東京都では優勝するほど中心選手として大活躍。いまだったら日本代表でオリンピックに出場していたかも知れません。
その反面、中学時代は「華道部」に入り、生け花の免許も持っていました。高校を卒業後は「御茶の水美術学院」に通い、デザインや色彩を学びます。
姉の嫁ぎ先が麻布の花屋さんで、目の前にテレビ朝日(当時・日本教育テレビ)があったことから、忙しいときは花を届ける手伝いをするようになりました。ハキハキした挨拶と、元気で明るい性格の「エミちゃん」はテレビ局でも人気者に。いつしか、日本初の「消えもの係」を担当するようになっていました。
『徹子の部屋』の収録日、ゲストのイメージに合わせて自分の感性と直感を信じ、短時間で花をアレンジします。ゲストの衣装は本番まで知らされていません。ところが、用意した花がゲストの衣装やトークの内容に不思議とシンクロするのです。
美輪明宏さんが出演された日は、美輪さんの衣装と飾った花が全く同じ色に。縞模様まで同じだったそうです。美輪さんから「あなた、オーラが見えるんじゃないの?」と言われたほどでした。
他にもゲストを驚かせた偶然がいくつもあり、スタッフの間では「石橋ミラクル」と呼ばれていました。
高倉健さんがゲストの際、(健さんの)好きな花が「都忘れ」だったそうですが、季節が早く、いつも買い出しに行く大田市場では手に入らず……。そこで千葉県の房総まで探しに行き、100本の「都忘れ」を調達しました。
収録が終わり、せっかくなので「都忘れ」の花束をお渡しすると、高倉健さんが「ありがとう」と花束から1本抜いて、恵三子さんに渡してくれたのだとか。「あのときは嬉しかったわ!」と、少女のように胸がときめいたそうです。
ゴルフが大好きで、今年(2023年)の正月もゴルフ場で過ごしました。ところが3月、長女の望さんに「仕事をやめようかな……」と弱音を吐いたそうです。
「父ががんを患ったときも、母は『仕事はやめません』と生涯現役を宣言したほどパワフルで前向きでした。しかし、80歳を過ぎてからは疲れが残ったり、ちょっと物忘れをすることもあって、まわりに迷惑をかけてしまわないか心配していたようなんです」と、次女の渚さんは話します。
実は、82歳になった恵三子さんに病魔が忍び寄っていました。5月、友人の誕生日パーティーに出かけようとした夜、体がふらつき立ち上がれなくなってしまいます。すぐに救急車を呼び、入院することになりました。
検査の結果、「悪性リンパ腫」と診断され、化学療法を始めようとした矢先に容体が悪化。意識不明に陥ります。回復の見込みはなく、延命治療をするかどうか選択を迫られ、望さんと渚さんは自宅で看取ることにしました。
眠り続ける母の顔を見ていると、思い出ばかりが蘇ります。
「私たちが生まれたときから仕事をしているような、忙しい母でした。『番組収録で遅くなるから』とカレーライスをつくり置きしてくれたり、テストでいい結果が出せるように、漢字テストや計算ドリルを手書きで用意してくれたり……。また、母が私たちに唯一、厳しく躾けた『挨拶の3原則』があるんです。『はい』『ありがとう』『ごめんなさい』は、相手の目を見て大きな声でと……」
この教えを、2人はいまも大事にしているそうです。
恵三子さんが自宅に戻った11日目、5月26日夜7時。呼吸の間隔が徐々にあいていきました。そして脈が止まりかけたとき、不思議なことが起こります。倒れてから1回も開くことのなかった恵三子さんの目が、うっすらと開いたのです。まるでお別れを言うかのように……。
美しく咲いた花はいつか枯れ、消えてしまいますが、石橋恵三子さんが番組で咲かせた花は、いつまでも人々の心に咲き続けます。
■『「徹子の部屋」の花しごと』
・著者:石橋恵三子
・定価:本体 1300円+税
番組情報
眠い朝、辛い朝、元気な朝、、、、それぞれの気持ちをもって朝を迎える皆さん一人一人に その日一日を10%前向きになってもらえるように心がけているトークラジオ