防衛研究所・防衛政策研究室長の高橋杉雄が8月4日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。ウクライナ情勢について解説した。
ロシアによるウクライナ侵略、殺害された民間人は1万人を超える
ウクライナ検事総長室の戦争犯罪調査部局は8月2日、ロシアの侵略が2022年2月24日に始まって以降、これまで殺害された民間人は約1万749人で、負傷者は1万5599人に達したと発表した。なお犠牲者のなかには499人の子どもが含まれる。
飯田)ロシアが占領している地域が解放された場合には、死者・負傷者の数が数倍から数十倍に膨れ上がる可能性もあると検察が指摘しています。かねてから言われていますが、ロシアは人道に関するものを踏み躙ってきている。
高橋)この数字は確認されている数字なので、文字通りこの数倍になる可能性は高いです。ウクライナの検察が国際刑事裁判所に、戦争犯罪として訴追するための捜査として行っていることなので、情報としての信頼性は高いと思います。
飯田)なるほど。裏の取れた数字なのですね。
高橋)そうですね。
ウクライナの社会そのものを破壊し、ロシアのなかでしか生きられない状況にする
飯田)ロシアの意図としては、士気を削ぐなどの狙いがあるのでしょうか?
高橋)ウクライナ社会そのものを破壊することが、1つの目的なのだと思います。ロシアからするとウクライナはロシアの一部であって、ウクライナが独自のアイデンティティを持つことや、独自の民族であるということは認めていないのです。
飯田)認めていない。
高橋)そういう意味でウクライナ社会を破壊する。特に占領している場所では、ロシアのなかでしか生きられない状況にすることが確実に行われています。
ウクライナの人たちは「道を踏み外した連中」と見ているロシア
飯田)「同胞だ」と言っている割には、このようなことをする。「自己矛盾ではないか」とも思えるのですが、そういうことは問わないのでしょうか?
高橋)おそらく、「道を踏み外した連中だ」という見方なのではないでしょうか。
飯田)道を踏み外した連中。
高橋)実際にウクライナのなかにいる、同胞に近いロシア語話者、親露派の人たちも、いまではかなり考え方が変わってきています。
飯田)親露派の人たちも。
高橋)現地取材を行ったどなたかがおっしゃっていましたが、身近な人間が何人も殺されているので、もはや戦争がなぜ始まったのかは関係ないのだと。とにかくロシア軍をウクライナから叩き出すことが必要だし、そのために戦い続ける。そういう感じで、もともとの親露派傾向などはまったく関係ない形になっています。
攻撃を受け、地雷を取り除きながら進まなければならないウクライナ軍
飯田)そのようななかでウクライナは戦っている。反転攻勢という話もありますが、一方で、上手く進んでいないのではないかという指摘もあります。全体としてどうご覧になりますか?
高橋)戦争には相手がいるので、ウクライナ側がやりたいと思ったことが100%できるわけではありません。ロシアも必死なので、戦場の結果はウクライナの努力とロシアの努力の足し算・引き算で決まります。
飯田)ウクライナとロシアの。
高橋)ロシアについて言えば、ウクライナが南部ザポリージャ方面で反攻することはわかっていたので、そこについて守りを固め、手ぐすねを引いて待っていた。そこを正面から打ち破ろうとしているので、やはり苦戦していますよね。
飯田)待ち受けているところに。
高橋)状況的には地雷原の沼をかき分けながら進むようなものなので、1日に10キロ~20キロも進むのは難しいのです。
飯田)地雷を1個1個除去しながら進む。しかし当然、そこに対してもロシアは狙いを定めて撃ってくるわけですよね?
高橋)地雷は反撃がなければ除去できるのですが、相手が撃ってくるなかで除去するのは大変です。またロシアは、散布地雷という空から撒く地雷があり、どこかを突破したとしても新しい地雷を撒いてくるので、絶えず地雷原のなかを除去しながら進んでいくという形になっているようです。
地雷除去は専用の車両で行う
飯田)ウクライナ側は、撃ってくるのを自分たちも撃ち返して援護しながら、現場では地雷を除去している。基本的には人力になるのでしょうか?
高橋)地雷除去の車両があるので、その車両で爆破したり、叩いて壊したり、地面を掘り上げて壊したりしています。戦場における地雷除去は100%ではありません。戦後、耕作地にするのであれば100%でなければいけませんが、そうではないので、金属探知機で探しながら除去するような形は取りません。
飯田)そういうことではない。
高橋)爆破させながら進み、多少残っていて損害が出ても、それは仕方がないという形で軍事作戦を行います。
クラスター弾の効果で少しずつ前進するウクライナ軍
飯田)ゼレンスキー大統領はずっと「弾が必要だ、弾が足りない」と言っていますが、未だに続いていますか?
高橋)クラスター弾が入ってきたので、若干状況は変わってきているようです。最近、少しずつウクライナが前進している背景には、おそらくクラスター弾の効果があると思います。
ウクライナ軍のモスクワへのドローン攻撃の目的 ~ロシア国内の反戦感情をつくるため
飯田)一方でウクライナはモスクワへのドローン攻撃を行いました。ウクライナのゼレンスキー大統領も「戦争はロシア領内に戻りつつある」と何度も発言していますが、効果はあるのでしょうか?
高橋)直接的な効果はないと思います。大きな目的は、ロシア人に「自分たちはいま戦争をしている」という現実を認識させることだと思います。
飯田)ロシア国民に。
高橋)プーチン大統領は、いまは長期戦戦略を取っていて、最後には国力の差で勝とうとしているのだと思いますが、それを阻む要因があるとすれば、ロシア国内の反戦感情なのです。
飯田)ロシア国内の反戦感情。
高橋)戦争が他人事である限りは反戦感情になりようがないので、モスクワにいても攻撃されるかも知れない。なぜ攻撃されているのかと言えば、いま戦争があるからだ。「それを止めるには戦争を止めるしかない」というように、いろいろなものが積み重なっていき、「どこかでそのような動きになればいい」というやり方なのではないでしょうか。
飯田)じわじわ浸透していけば、噂で広がっていけば、という。
高橋)1回の攻撃で決定的に変わることはないと思います。いろいろなものが積み重なって起こるのでしょう。
長期戦戦略を取るプーチン大統領 ~ロシアが休養する目的で停戦を申し出てもウクライナは受け入れない
飯田)プーチン大統領の長期戦戦略という言葉が出ましたが、どのぐらいのスパンで考えていると思いますか?
高橋)5年だろうと10年だろうと、勝つまでではないでしょうか。
飯田)その5年、10年のスパンのなかには、停戦等も含まれると思いますか?
高橋)現状、ロシアの占領地を維持した前線のなかでの戦闘停止、その間にロシアが休養して戦力を回復することをウクライナが受け入れるのであれば、当然ロシアは停戦を申し出るでしょう。
飯田)実質は2014年から既に続いているのだと。
高橋)そうですね。これまで停戦合意を2回結んで破られていますから。一旦、矛を収めた形でも、実はその間に次の作戦の準備を行う可能性は十分に考えられます。
飯田)ロシア側が。
高橋)ウクライナもロシアが停戦を申し出るということは、そういう目的があってのことだと考えているので、受け入れる可能性はないと思います。
飯田)やはり占領地からすべて追い出した上で、もう1回入ってこないように枠組みまでつくらないと、ウクライナ側として矛を収めることはできないでしょうか?
高橋)ウクライナとしては、矛を収めるも収めないも、ロシアが入ってきたのを外に追い出すだけですから。
今後の枠組みより、いまは戦争支援が重要
飯田)いまの軍事作戦は軍事作戦としてあり、それにプラスして国際社会を含め、次に攻めさせない枠組みをつくらなければならない。これがNATO(北大西洋条約機構)などが考えていることですか?
高橋)ウクライナが強く求めていて、それを「どの程度受け入れられるか」ということですよね。アメリカとウクライナでも協議が始まるという話ですが、いまは実際に戦争を行っているので、その戦争を支援する方がはるかに重要なのです。
飯田)戦争支援の方が。
高橋)戦争後の安全保障の枠組みも重要ですが、それを考えるのは来年、再来年のおせち料理を考えるようなものです。その前にやらなければいけないことがたくさんあります。
戦争中の経済・財政は重要 ~経済支援の目的でウクライナ訪問中の神田財務官
飯田)日本からの支援に関しては、神田財務官がキーウを訪問し、ウクライナの財務相らと協議しています。戦費の調達などについて話しているのですか?
高橋)いまのウクライナ政府において、収入の半分くらいを援助に頼っているのではないでしょうか。戦時経済が非常に厳しい状況にあるので、実際に戦うためには、戦時の財政を維持しなければいけない。その意味でも日本からの経済支援は重要なため、訪問したのではないでしょうか。
飯田)日本ができることとしては、装備品はなかなか出しづらいことを考えると、経済面での支援がメインになりますか?
高橋)特にウクライナのような大きな国が何年も戦争をするとなると、戦争中の経済・財政は重要です。ある意味で武器よりも重要なものがあると思います。
ライセンス生産の形で武器をウクライナ国内で生産させる
飯田)戦時経済となると、稼ぐにしても手段などは限られてきます。ウクライナとしては、やはり穀物輸出などになるのでしょうか?
高橋)1つは穀物輸出です。もう1つは、武器支援についても単に完成品を入れるだけではなく、「ライセンス生産の形にしてウクライナ国内で生産させるべきだ」という話もあり、ヨーロッパ諸国を中心に考えられているようです。
飯田)国内の人たちの労働も引き出さなければ、続いていかないのですね。
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