様々なものを背負いながら……古川聡宇宙飛行士、宇宙長期滞在始まる
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「報道部畑中デスクの独り言」(第338回)
ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、宇宙飛行士・古川聡さんの宇宙長期滞在について---
「日本の皆さん、仕事の場である国際宇宙ステーションに着きました。この素晴らしい国際クルーのなかで確実に仕事をしていきたいと思います」
日本時間8月26日午後、JAXA宇宙飛行士・古川聡さんら4人のクルーを乗せた宇宙船「クルードラゴン」が打ち上げられました。翌27日深夜に国際宇宙ステーションにドッキングし、古川さんの第一声が伝えられました。
古川聡さんの宇宙長期滞在は2回目。初回は2011年6月からおよそ5ヵ月半。東日本大震災が発生した大変な年でした。古川さんの活躍は数少ない明るい話題となりました。
「医師、研究者として、国際宇宙ステーションに長期滞在するのは日本人では初となります。その背景を活かして、生命科学の実験を中心に、ときには自分の体も題材にして、自分自身をモルモットにするような形ですけれども、実験に参加していきたいと思います」
宇宙出発前にニッポン放送が行ったインタビューで、古川さんはこのように意気込みを語っていました。実はこのインタビューが行われたのは、2011年3月11日午前9時30分。その数時間後に、あの忌まわしい瞬間が訪れたわけです。
あれから12年、古川さんも59歳。若田光一宇宙飛行士と並ぶ、日本人では最年長の宇宙滞在となります。
私が宇宙開発の分野の取材を始めた当初は、「宇宙に行くこと」自体が大きなニュースでした。いまでも宇宙には誰もが行けるわけではありませんが、宇宙旅行の話もちらほら聞かれるようになりました。「宇宙に行くこと」から「宇宙で何をするのか」が重要な時代になったと言えます。
特に、アルテミス計画に代表される人類の月面探査に向けた取り組みや、今回の古川宇宙飛行士の滞在中の実験も、「月」を視野に入れた内容が盛り込まれています。
まずは、水再生装置の実証実験。エアコンから出る水や人の尿、おしっこを水に再生するという装置です。実験の際に発生するのが気泡で、地球上では水と気泡は勝手に分離するので何てことはないのですが、微小重力のなかでは泡がどう動くのかわかりません。
電極の周りにくっついてパイプを塞いだりすることもあります。それがどんな影響を及ぼすかを調べるというわけです。「地上では得られない環境を使って機器が設計通りに働くか、技術実証していくことが(実験の)大きな柱の1つ」と古川さんは語ります。
また、固体燃焼実験装置を使って、微小重力で固体のものがどのように燃えるのか……そんな実験も予定されています。世界で初めての評価方法を用いるということです。
地球上では何でもない現象でも、宇宙では全く違うことが起きる……そこで得られるデータはすべて、今後の月面での探査、生活空間の構築、生命維持につながっていくわけです。
月面探査と言えば、インドの月探査機「チャンドラヤーン3号」が世界で初めて月の南極に着陸しました。日本でも月探査機「SLIM(スリム)」が数ヵ月後の着陸を目指しています。将来に向けた動きが進んでいます。
さらに、医師である古川さんに相応しい実験も予定されています。それが、微小重力の環境で立体臓器をつくる開発。
通常の臓器のように、血管の周りに細胞がしっかりついてくる臓器に似たような構造をつくるというもので、再生医療、移植医療への応用が期待されるということです。「チャレンジングな技術開発」と古川さんは語ります。
この他、「イントボール2」と呼ばれる撮影ロボットを使って、ステーションのなかを撮影するシステムも試みます。これまで宇宙飛行士がいわば「手動」で行っていた写真・動画撮影を地上から遠隔操作することで、飛行士の負担が大幅に軽くなるということです。
国際宇宙ステーションの運用は2030年までとされていますが、日本の実験棟「きぼう」とともに、いまも進化を続けています。
一方、古川さんの今回の宇宙滞在決定には紆余曲折もありました。昨年(2022年)秋に、JAXAでは閉鎖環境で実施した実験をめぐり、データ改ざんなどの不正が発覚しました。
その実施責任者だったのが古川さんで、今年(2023年)1月には謝罪会見が行われ、古川さんには戒告処分が下されました。古川さんの宇宙長期滞在の適格性が改めて検証されることになり、正式に宇宙滞在が決まったのは5月22日のことでした。
研究不正発覚後、節目節目で訓練公開や記者会見がありましたが、古川さんの表情はどことなく沈みがちだったというのが私の印象です。
不正は決して許されることではありません。そんななかで笑みを見せるのは不謹慎……そんな思いもあったかも知れません。ただ、やはり、古川聡さんと言えば、周りを明るくするような屈託のない笑顔が持ち味ではないかと思います。
7月26日、オンラインで行った記者会見で古川さんは、「しっかりダブルチェックしながら着実に仕事をしていきたい。見た目ですぐに変わったというのが見えないかも知れないが、しっかり仕事を着実に行っていきたい」と語りました。
一方、「自分らしさ」については次のように話していました。
「医師としての視点で自分の体の変化、無重力環境に体が適応して慣れていく変化というのに、いまも変わらず興味がある。そういうことをお伝えできれば」
医師として宇宙開発にどう貢献できるか……古川さんの“軸”は12年前と比べて全くぶれていないようです。国際宇宙ステーション到着直後、ウェルカムセレモニーで古川さんは笑顔を見せていました。
宇宙滞在開始から10日あまり、長期滞在の期間はおよそ半年です。日本という国を背負う立場にある宇宙飛行士、古川聡さんらしい活動を期待しています。(了)
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