センチュリーの新モデルは新しいセダンのカタチ?

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「報道部畑中デスクの独り言」(第339回)

ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、トヨタ自動車の「センチュリー」新モデルについて---

ドアも選べる……スライドドアの実演も行われた

画像を見る(全10枚) ドアも選べる……スライドドアの実演も行われた

2023年9月6日午後、東京・江東区の有明アリーナ。漆黒のセダンが両脇にたたずむなか、ステージ両袖から2台の車両がゆっくりと姿を見せました。両脇のセダンよりかなり高い車高、しかし、フロントグリル中央にはれっきとした「鳳凰」のエンブレム。トヨタ自動車のフラッグシップ「センチュリー」に新モデルが追加された瞬間でした。

センチュリーは「世紀」という意味。トヨタグループの創始者である豊田佐吉生誕100年=1世紀を記念し、1967年(昭和42年)に初代が発売されました。初代は30年、2代目は20年の長きにわたって生産され、現行の3代目は2018年からの発売です。

一貫して独立したトランクを持つ3ボックスのセダンとして、公用車、社用車など主に国内のショーファードリブンカー(運転手付き乗用車)の需要を満たしてきました。両脇にあった漆黒のセダンは、まさにこの「センチュリー・セダン」です。

センチュリーの新モデル

センチュリーの新モデル

「センチュリーから、次の100年を見据えたセンチュリーへ。センチュリーの伝統が大胆に進化した」

プレゼンテーションでトヨタのサイモン・ハンフリーズ執行役員(デザイン領域統括部長)は胸を張りました。そして「ドアまでも選べる」……2台のうちの1台の後部ドアがスライドしたときには、報道陣からも「おおっ」と驚きの声が挙がりました。

「乗り降りされる方の所作がいかに美しく見えるか、自ずとリアのヒップポイントがある程度決まってきた」

トヨタの中嶋裕樹副社長はこのように語ります。全長5205mm、全幅1990mm、全高1805mm。現行のセダンより全長は130mm短いものの、全幅は60mm、全高は300mm高い堂々としたサイズですが、あくまでも後部座席の着座位置が第一義の寸法、ヒンジドアに加えたスライドドアの採用も乗り降りの美しさにこだわった結果だそうです。

センチュリーを前にサイモン・ハンフリーズ執行役員 発売は年内の予定だという

センチュリーを前にサイモン・ハンフリーズ執行役員 発売は年内の予定だという

前輪駆動のプラットフォームを基本にした電気式4輪駆動を採用、動力源もPHEV=プラグインハイブリッド方式と、機構面でも後輪駆動のセダンとは一線を画します。

ひと月でわずか30台の販売台数。受注生産で基準車が2500万円という、庶民には縁遠いクルマですが、歴史ある高級車の変貌にメディアの関心も高く、各社がにぎわうなか、私も展示車両に乗り、触れてみました。

さすがの超高級車、すっと出てくる電動のドアステップは乗り始めから豊かな気分にさせてくれます。ドアの内張りは大衆車のようなカチカチの樹脂ではなく、しっとりとした革や合成皮革などで覆われ、すきのない仕上がり。インストルメントパネルには、さりげないつや消しの本木目パネルがおごられます。

ヒンジドア仕様のセンチュリー

ヒンジドア仕様のセンチュリー

その木目部分には細い銀色のライン、アルミの“地金”に本木を接着した上で、レーザー加工で地金のラインを浮き立たせるという最新技術だそうです。遠目にはシンプルでも、細かなつくり込みを……内装担当者は「ミニマリズム(最小限主義)」と表現していました。

一方、記者の関心は、この新モデルをどう紹介したらいいかということでした。私もこのクルマをどう解釈したらいいのか、当初は理解に苦しみました。

背の高い2ボックスボディに威圧感のあるワイルドな見た目、やはり「センチュリーSUV」ではないか……しかし、トヨタの中嶋裕樹副社長は記者団に対し、頑なに否定したのです。

センチュリーの運転席

センチュリーの運転席

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(中嶋)我々は一言もSUVとは言っていない。ぜひともSUVとは書かないで欲しい。

(記者)何て書けばいいのですか?

(中嶋)センチュリーなんです。

(記者)追加するときにどういうタイプと?

(中嶋)センチュリーの2つのタイプ、両ウイング。(現行の)セダンはセダンという言い方をして結構。

(記者)新しいタイプは何と言えばいいのですか?

(中嶋)“新しいタイプ”でいいではないですか。

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本木目パネルには最新技術のレーザー加工が施される

本木目パネルには最新技術のレーザー加工が施される

こんな禅問答のようなやり取りがありました。このような派生車種が追加される場合は「センチュリー●●」というようなサブネームをつけることが多いのですが、それもなし。私がサブネームをつけなかった理由を尋ねると、中嶋氏はきっぱりと答えました。

「これがど真ん中のセンチュリーと確信したから」

何とももやもやした気分になりましたが、実車を見るにつれて、なぜ、このクルマをSUVと呼ばないのか、私なりに理解しました。

後席のシート調整はスマホのような画面で操作できる

後席のシート調整はスマホのような画面で操作できる

そもそも、SUVというのはSports Utility Vehicle=スポーツ用多目的車のことです。このクルマはショーファーカーとしての使用がメインであり、おおよそ“スポーツ多目的”とは思えません。

また、このクルマの特徴は、後席と荷室の間の隔壁=パーテーションがあることです。この隔壁は完全に固定されており、取り外しはできません。乗員と荷物を一緒にしないことに加え、静粛性、ボディ剛性の向上が狙いということです。

クラウンで採用された後輪操舵も採用。「レーンチェンジ(車線変更)してもあまりロール(車両の傾き)を感じない。フラットに移動できて、VIPの客に移動していることを極力感じさせない」と中嶋副社長はその意義を強調します。

後席の後方には荷室との隔壁=パーティションが

後席の後方には荷室との隔壁=パーティションが

単純なSUVではない……さらに開発担当者との話でその感を強くしました。

私が取材に回る国会近くの永田町界隈でも、すっかりミニバンが多くなりました。ある政治家によれば、永田町はクルマの乗り降りが多く、着座位置の低いセダンでは腰をやられてしまう……担当者とそんなやり取りをした後、私は「乗り降りの楽なセダンがあるといいですよね」と水を向けました。すると、担当者は我が意を得たりとばかり、こう答えたのです。

「それがこのクルマなんですよ」

なるほど、今回のモデルは、実は新しい「セダン」のカタチなのかも知れない……私はそんな解釈をしました。

ステージ脇に置かれた現行のセダン 今後も販売は継続される

ステージ脇に置かれた現行のセダン 今後も販売は継続される

17世紀ごろの欧州では、上流階級の人物=VIPを人力で運ぶためのいす付きのカゴを「セダンチェア」と呼んでいました。これがセダンの由来と言われています。転じて、現在では主に駆動部、乗員室、荷室が分けられた3ボックスの乗用車をセダンと呼ぶようになりました。

ただ、これも時代とともに変わっていくのでしょう。むしろ、このように車型を分けること自体、無意味になるかも知れません。

「新しい世代のセンチュリーをつくりたかった」

中嶋副社長の言葉です。現行の「センチュリー・セダン」は今後も販売を継続しますが、これが「センチュリー・クラシック」と呼ばれる日も将来やってくるのか……トヨタは認めないでしょうが。

トヨタ、いや、日本で最も伝統的で頑なな乗用車と言っていいセンチュリーの変貌。「100年に一度の大変革」のなか、もはや聖域はないというトヨタの覚悟を感じます。(了)

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