なるべくしてなった「遺族給付金」の最低額増加
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ジャーナリストの佐々木俊尚が2月7日、ニッポン放送「新行市佳のOK! Cozy up!」に出演。遺族給付金の最低額増加について解説した。
遺族給付金の最低額引き上げへ
犯罪被害給付制度に基づいて被害者や遺族らに支払われる給付金の大幅増額を検討している警察庁は2月5日、被害者が死亡した際に支給される遺族給付金の最低額を引き上げる方針を明らかにした。
新行)受給者が配偶者、子ども、父母の場合は加算することも検討しているようです。今後は具体的な最低額の算出方法などの詳細を詰め、2024年度中の早い段階での改正制度の施行を目指すということです。
遺族給付金にあった2つの問題
佐々木)当然の流れだと思います。例えば事件に巻き込まれて亡くなった場合、損害賠償を求めて民事訴訟を起こすことは可能ですが、現実問題として、加害者に殺人などの損害賠償を求めても実効性がないのですよ。裁判で勝訴して何千万円、あるいは何億円を払えという判決が出たとしても、加害者が払えないケースがとても多いのです。逆に言うと、「そんなお金が払えるなら事件など起こしていない」というケースが現実には多い。そう考えると、民事訴訟が有効に活用できていないという問題が1つあります。
なるべくしてなった改正
佐々木)もう1つ、もともと遺族給付金は亡くなった人の生命保険と同じで、例えば何歳で亡くなったのか、あるいは本人の年収がいくらなのかなど、そういうところで決まる部分があるのです。そのため子どもだと少なく、大企業に勤めていた50代などの場合は多いという問題がある。でも、残された遺族がこれからどうやって自分の人生を取り戻して生きていくかを考えると、殺人事件で子どもを亡くしたお母さん、お父さんの精神的な衝撃はものすごく大きいわけですよ。
新行)そうですよね。
佐々木)それに対して、「子どもだから少なくてもいいだろう」というのは、あまりにも見合わない。「残された遺族がどのように生きていくか」を基準に金額を決めた方がいいのではないか、という方向に考え方が変わってきたのです。その結果、「最低額を増額しよう」という話になった。当然行われるべき改正だったので、今回の方針はとてもいいと思います。
殺人事件の年間死者数はアメリカと比べて桁違いに低い日本
佐々木)ただ、日本は事件そのものが減っている傾向にあるので、こういうニュースを見て「殺人が増えているから対応しなければ」という方向に世論が行きすぎるのもどうかと思います。基本的な知識として、殺人事件の死亡者数で言うと、日本は年間約200人台です。いちばん多かったのは昭和20年代後半ぐらいで、年間2000人以上です。死亡者数で言うと約10分の1に減っている。ちなみにアメリカは桁違いに多く、1万人以上います。
新行)年間で。
佐々木)アメリカの人口は日本の約3倍だと考えると、200人と1万人ですから、率として日本は圧倒的に低い。でも、日本は凶悪事件が少ない国だという前提があるからこそ、治安のいい国で事件に巻き込まれてしまった人に対し、国あるいは社会が手厚く対応することが大事なのではないでしょうか。予算的にも、アメリカであれば予算規模が大きくなってしまうけれど、日本ならそこまで予算規模は膨らみません。
新行)お子さんを事件で亡くしたお父さん、お母さんが精神的なショックを受け、仕事が手につかないようなこともあると思います。もしくは事件に巻き込まれて怪我などをすると、入院・リハビリを行っても仕事にすぐ復帰できるわけではない。また、復帰しても元の仕事ができず、別の仕事に就かなければいけない場合もありますよね。
佐々木)これは社会的包摂の1つとして当然、対応しなければいけないことで、やるべきことをきちんとやったと思います。「日本は悪い国だ」と言う人もいるけれど、こういう制度をきちんと改正して対応できるのはいい国だと思います。事件も少ないしね。
報道が加害者の物語に寄りすぎた「90年代の反省」
新行)事件自体は少ないけれど、悲惨な事件もありますよね。
佐々木)私は90年代に毎日新聞の社会部で記者をやっていましたが、当時は「劇場型犯罪」と言われるような事件が多かった。神戸連続児童殺傷事件やグリコ・森永事件など、いろいろありましたが、凶悪事件が起きると必ず「背景には社会的事情がある。加害者にも悲惨な物語があるのだ」と言われました。そのような報道をしすぎたせいで、「報道全体が加害者の物語に寄りすぎた」ということが90年代の反省としてあります。
新行)90年代の反省として。
佐々木)2000年代になり、あの時期から20年以上経つのに、90年代当時の劇場型犯罪の物語化を引きずっている部分がある。メディアは未だに加害者の物語を描くのが好きなのです。安倍元首相銃撃事件の容疑者の物語を新聞やテレビが描きすぎて、「それはテロの擁護だろう」と批判されたのも、その流れに位置付けられていると思います。
新行)そうですね。
佐々木)昭和20~30年代の新聞記事を見ると、当時は凶悪事件が山ほど起きていましたが、あまり社会と事件を結びつけていない。「これだけ人がいるのだから、酷いことをする奴も世の中に多少はいる」くらいの扱いだったのですよ。それがいいか悪いかは別として、事件の扱いは時代によって変わります。いまの時代は加害者に寄りすぎている気がするので、メディア側も少し考え直した方がいいと思います。
メディアよりも警察の方が国民の味方をしている
佐々木)また、被害者を物語化するのはいいけれど、プライバシーに踏み込みすぎるのもどうなのか。京都アニメーション放火殺人事件もそうでしたが、警察が「被害者のプライバシーのために実名は発表しない」とした。それに対して、新聞やテレビが「発表しろ」と詰め寄りました。国民から見ると、どちらが味方なのかわからない。どう考えてもメディアより警察の方がみんなの味方をしているように見えます。昭和の時代だと「警察は国民の敵で、メディアが国民を守る」というイメージがあったけれど、完全に逆転しているような気がします。
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