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昆布養殖のSOSに「銭湯」が味方? 横浜「ぶんこのこんぶ」
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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
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「ぶんこのこんぶ」を使って作られた加工品(ぽん酢、七味、アイス、お茶、石鹸、サウナハットなど)
連日、多くの観光客で賑わっている水族館と遊園地の島、横浜・八景島。なかでも名物アトラクション・サーフコースターは、スリル満点の迫力が楽しめます。その絶叫が響き渡るなか、足元の海面をよく見ると、ポツン、ポツンと何か黒いものが規則正しく浮かんでいるのがわかります。
実は、「昆布」の養殖をしている生け簀なんです。獲れた昆布は、地元の金沢文庫にちなんで「ぶんこのこんぶ」と名付けられ、さまざまな形に加工・出荷されています。なかには高い評価を受けて「横浜金沢ブランド」に認定された逸品もあるのです。
昆布の養殖に取り組んでいるのは、「幸海ヒーローズ」という会社の共同代表、富本龍徳さん・42歳。東京出身の富本さんは30歳のころ、知り合いのツテで秋田物産展を手伝っていた際、魚介類を扱う業者と知り合って、こんなことを教えられました。
「実は、昆布は環境にいいんだよ」
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富本龍徳さん
聞けば、昆布はあわびやウニをはじめとした魚介類のエサになるだけでなく、海中で光合成を行って二酸化炭素を吸収する一方、主に魚が排出する窒素やリンも取り込んで、海をきれいにしているそうです。
さらに調べると、昆布を育てることで、海の砂漠化とも云われる「磯焼け」に役立つかも知れない……そんなこともわかりました。
「私たちの暮らしに身近な昆布に、じっくり時間をかけて取り組んでみたい」
富本さんは2015年、志を同じくした仲間たちと一緒に、昆布を育てる決心をしました。
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金沢漁港
富本さんたちが「昆布」の養殖場所に選んだのは、横浜の海でした。実は横浜市では当時、海の温暖化対策「横浜ブルーカーボン事業」を行っていたのです。横浜での地産地消はもちろん、SDGsの14番目の目標「海の豊かさを守ろう」にもつながる可能性があり、夢が広がりました。
横浜市から昆布の栽培拠点として金沢漁港を紹介してもらった富本さんたちは、地元の漁協や漁師さんたちの協力も得て、昆布の養殖をスタートさせます。金沢漁港周辺では、海苔やワカメの養殖は行われていましたが、昆布の養殖は初めて。昆布が繁殖の胞子を出す前に刈り取ることで、生態系にも配慮しました。
2016年の春先、金沢漁港の生け簀から初めて昆布が水揚げされます。思いの他いい出来で、富本さんは約3m以上に成長した昆布の大きさに驚きました。
「昆布って、まるでクマが立ちはだかるみたいに大きいんだ!」
昆布が放つ磯の香りやヌメヌメとした手ざわりに、昆布の生命力の強さ、地球の営みの大きさも実感できました。
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金沢漁港の昆布の生け簀
ところが、横浜生まれの昆布は思うように売れません。それもそのはず、日本で流通する昆布の約95%は北海道産。日高昆布、羅臼昆布、利尻昆布などのブランドの前に、「ぶんこのこんぶ」は冷凍庫でどんどん積み重なり、在庫の山ができてしまいました。
さらに2020年春、ようやくスーパーでの取り扱いが決まりかけた矢先、コロナ禍に突入。スーパーでの販売は立ち消えとなってしまいます。春先に収穫された新たな昆布も加わり、巨大な冷凍庫に昆布が入りきらない事態に……。「もはやこれまでか」と富本さんは覚悟を決め、SNSに書き込みました。
「ぶんこのこんぶを助けて下さい!」
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金沢漁港の昆布の生け簀
すると、富本さんの心からの叫びに、思わぬことが起こりました。投稿を見て興味を持ってくれた一般人や個人商店の方々が、わずか3日間で「ぶんこのこんぶ」を1000箱も買ってくれたのです。
何とか事業継続の見通しがつくと、さらに心強い味方も現れました。手を差し伸べてくれたのは東京の銭湯組合です。各銭湯で行われる「こんぶ湯」として、「ぶんこのこんぶ」を活用してくれることに。その後、「こんぶ湯」の取り組みは東京から神奈川へ広がり、いまも続いています。
最近は海外からの問い合わせも多くなったという「ぶんこのこんぶ」。砂漠の国・サウジアラビアでも、昆布養殖に向けた取り組みが始まりつつあるそうです。ただ、海藻が身近にあるのはアジア人がほとんどで、養殖の昆布も97%はアジア産です。だからこそ富本さんも海の豊かさを守りたいという思いを胸に、力強く語ります。
「昆布をもっと世界へ広めたいんです。地球は1つなんですから」