東大先端科学技術研究センター准教授で軍事評論家の小泉悠が3月5日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。2月のロシア軍の死傷者数が侵略以降最多となったウクライナ情勢について解説した。
2月のロシア軍の死傷者数、ウクライナ侵略以降最多か
イギリス国防省は3月3日、ウクライナに侵攻するロシア軍の1日あたりの平均死傷者数に関する分析を発表した。2024年2月は983人にのぼり、2022年2月の侵略開始以降、最多となった。また、ロシア軍の死傷者の総数は35万5000人を超えたと推定される。
飯田)1日平均だと考えると想像を絶するところがありますが、ロシアにとって痛手ではないのでしょうか?
小泉)痛いでしょうね。1ヵ月続けると約3万人が死ぬということです。
囚人兵を大量に投入して、「彼らを死なせる代わりに1メートル進む」戦略でロシア兵の死傷者が多かったアウディーイウカの戦闘
小泉)開戦前のロシア陸軍は28万人ほどしかいなかったので、1年も経たないうちに平時のロシア陸軍が丸ごとなくなるような死に方です。どの国の陸軍将校に聞いても顔が真っ青になるようなペースだと思いますが、2月ですので、まだアウディーイウカをめぐって激しく戦闘が行われていた時期です。囚人兵を大量に投入し、「彼らを死なせる代わりに1メートル進む」というような戦略を行っていた時期が含まれるのです。
飯田)なるほど。
小泉)いまアウディーイウカは落ちてしまい、ウクライナ側の退却に不手際があったとも言われています。かなりの捕虜も出し、負傷兵を置き去りにしなければいけないところもあった。そのままの勢いでロシア軍はアウディーイウカの西側にまで突っ込んでいます。そのため、いまでもロシア軍がこの(2月当時の)死に方をしながら戦っているかと言うと、少し違うかも知れません。
ロシア軍が大量の犠牲を出している陰で苦しい目に遭っているウクライナ
小泉)ロシア軍がアウディーイウカを落とせた要因はもう1つあります。人間を非人道的に死なせたこともあるのですが、航空戦力を大量に活用したのです。この2年間、ロシア軍は戦闘機が消耗しないよう大事に使ってきた印象があるのですが、今回は遠慮なく戦闘機を戦場上空まで突っ込んでいました。結果としてほぼ毎日1機、戦闘爆撃機が落ちるような状態だったのですが、代わりに凄まじい航空支援によってアウディーイウカを落とすことができたのです。
飯田)なるほど。
小泉)ロシア軍は、1度その気になって大量の犠牲を出すと、一応は成果を上げる軍隊なのです。ロシア軍が相当な犠牲を出しているのは間違いないのですが、その陰ではウクライナが地上で苦しい目に遭っているとも言えます。それをどう解釈するかは、この数字だけで判断することは難しいですね。
相次いで早期警戒機を失ったロシア軍
飯田)ロシアの早期警戒機がかなり落とされているという報道もあります。航空戦力を出すと、早期警戒機を置いて指揮しなくてはならず、リスクが高まるのでしょうか?
小泉)ロシアの場合、早期警戒機は「防空軍」という、空軍とは別の軍種が運用していたのです。
飯田)早期警戒機は言わば「空飛ぶ管制塔」のようなイメージでいいのでしょうか?
小泉)アメリカではそういうイメージで、「早期警戒管制機(AWACS)」と呼ばれています。ところが、かつてのソ連軍の運用方法は「空飛ぶ警戒レーダー」でしかなかったようなのです。さらにネットワーク化して、幅広く味方の航空部隊を指揮するような機能が一部、迎撃戦闘機に関してはあったそうですが、米軍のように幅広く航空作戦の指揮をするつもりはなかったと考えられています。(ロシアの)「A50」は、「A-50U」というタイプに近代化改修されていますので、ある程度の幅広い指揮能力は持っていると思いますが、NATOの軍人たちが想像するようなものではないかも知れません。
飯田)そうなのですね。
小泉)どちらにしても(早期警戒機は)遠くまでよく見えるので、相次いで2機も撃墜され、迂闊に戦場へ近付けないのは不利ですよね。
2機目がどのように撃墜されたのかはよくわからない
飯田)ロシアはそんな虎の子の機体を、よく防空ミサイルの射程圏内まで入れたなと思うのですが、あれは射程外だったのでしょうか?
小泉)ロシア軍としては射程外という認識だったのだと思います。ただ報道によると、ウクライナはソ連時代の「S200」という、古いけれど射程が長いミサイルを引っ張り出してきて、撃ち落としたらしいのです。これまでロシアの早期警戒機は2機落とされていますが、1機目はおそらくそのような理由で落ちたのだと思います。ただ2機目のときは警戒して、ウクライナから離れた場所で監視していたのですが、それも落とされているので、2機目に関してはよくわからないですね。
海・空では「非対称に、かつ相手が想定していないところを突く」戦い方をするウクライナ
飯田)ウクライナは戦い方を変えているのでしょうか?
小泉)変えていないと思います。陸では四つ巴で戦っていますが、海や空では、ロシア軍に正面から対抗できないことはわかっているわけです。だからロシアのやらないこと、ロシア側がやられたら困るであろうことを重点的に行う。ロシアが戦闘機を飛ばすなら、何か別の手段を使う。また、ロシア海軍はいますが、ウクライナ海軍は壊滅してしまったので、別の方法で戦う。そうやって海・空では「非対称に、かつ相手が想定していないところを突く」という戦い方をしており、おそらく早期警戒機の撃墜なども同様だと思います。
砲弾や戦車など、地上戦力の主力そのものを供与しなければ、この先もウクライナは厳しい
小泉)一方で最近、ほぼ毎日1機のペースでロシアの戦闘爆撃機が撃墜されています。これに関しては「西側の防空システム対ロシアの戦闘機」という真正面からのガチンコ勝負です。結果として現在の撃墜ペースになっていますが、撃墜し切ることはできず、毎日凄まじい空爆を受けたのでアウディーイウカは放棄せざるを得なかった。こちらに関しては西側とロシアのテクノロジーが刺し違えている感じがします。
飯田)いま、西側からの支援が各国の国内事情などで滞っており、そのため刺し違えの状態になっているのでしょうか?
小泉)それもありますが、もともとロシア空軍と真正面から戦うだけの兵器を供与するのは、簡単ではありません。いまでも行ってはいますが、西側からの潤沢な軍事支援があったとしても、地上でロシア軍と真正面からやり合うのは難しい。砲弾や戦車など、地上戦力の主力そのものを供与しないと、この先も厳しいのではないかと思います。
ゲームチェンジャーになり得るのは兵器ではなく「能力」
飯田)西側からの支援では、まさに「F16戦闘機」が訓練の真最中です。「そろそろか」と言われますが、それらが入ると劇的に状況が変わる可能性はありますか?
小泉)今年(2024年)の2月にウクライナ軍のザルジニー総司令官が罷免されましたが、彼が昨年(2023年)11月に英誌『エコノミスト』へ寄稿した小論文によると、そのような「劇的な効果はない」ということでした。いま約束されている70機ほどの「F16」が全部入ってきたとしても、ロシア空軍の規模の方がずっと大きいからです。ただ、ウクライナ空軍はなくなりかけているため、新しい飛行機を入れないと、これまでできていたことさえできない可能性が高いのです。
飯田)なるほど。
小泉)アメリカ製「F16」の一部には、レーダーを見つけ出して駆り出す能力があります。その能力が付いていたら、例えばロシア軍の地上の防空システムなどを一部無効化し、ウクライナ空軍が活動できる領域を広げるなどの効果はあると思います。いずれにしても、この2年間でわかったことは、「1つの兵器がゲームチェンジャーになることはない」ということです。「ゲームチェンジャー」になり得るのは「能力」なのです。
飯田)能力ですか?
小泉)ロシア軍を地上で負かす、または航空優勢を確保するような能力です。それがあれば「戦況が変わる」という議論はできます。その能力が何から構成されているかと言うと、例えば航空優勢には当然、戦闘機が必要ですし、防空システム、電子妨害システムも必要です。それらの総体として航空優勢を得る能力がつくられるのです。いまアメリカから約束されているのは、航空優勢を得る能力の一部であると考えるべきです。
ウクライナに欧米諸国の地上部隊を派遣する可能性は現実的にあるのか?
飯田)ヨーロッパ各国ではウクライナ支援会議なども行われました。そのなかで、マクロン大統領の「ウクライナに欧米諸国の地上部隊を派遣する可能性を排除すべきではない」という発言がハレーションを起こしましたが、現実的に(派遣は)考えられるのでしょうか?
小泉)マクロン大統領の言う「地上部隊の派遣」が何を意味するかということです。例えば、NATO軍を送り込み、ドンバスでロシア軍と殴り合うというような意味ではないはずです。それは誰もがあり得ないと思っていますし、私も絶対にやらないと思います。
飯田)あり得ない。
小泉)他方で、「平和維持部隊のようなものを送ってはどうか」という話は以前からあります。平和維持部隊を送り、平和維持部隊がいるところまでロシア軍が攻めてきたら「事実上、NATOとの戦争だ」となる。あるいは国際平和維持部隊のような形にしたら、そこには人民解放軍や、場合によっては陸上自衛隊がいるかも知れない。「これは世界中との戦争だ」と示すことで、抑止力とする案はあるのですが、リスキーなので実現していません。おそらく原理原則を言ったに過ぎないのだと思います。
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