自動車メーカーの老舗 日産の行方 <前編>
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「報道部畑中デスクの独り言」(第370回)
ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、日産自動車の現況と今後について---
先月(5月)、自動車各社の年度決算が発表されました。行き過ぎた円安が問題になっていますが、少なくとも国内の自動車業界にはプラスになったようで、売上高や営業利益が過去最高を更新したメーカーもありました。特に国内最大手のトヨタは営業利益5兆円を超えるという巨額なものとなりました。
「今回の実績は長年のたゆまぬ、商品を軸とした経営と、積み上げてきた事業基盤が実を結んだ結果」(トヨタ自動車・佐藤恒治社長)
「売上高、営業利益、当期純利益は過去最高益を達成することができた」(マツダ・茂籠勝弘社長)
「売上高、各利益とも過去最高となった」(スズキ・鈴木俊宏社長)
「次の成長に向けた手ごたえをつかんだ年」(三菱自動車・加藤隆雄社長)
一方で日産自動車、いわゆる「ゴーン事件」以降の経営の混乱からはや5年以上が経ちますが、再建は道半ばのようです。売上高は12兆6857億円、営業利益は5687億円、最終利益は4266億円。円安などの恩恵で黒字は確保していますが、売上高に対する営業利益率は4.48%、トヨタの11.87%は言うに及ばず、国内自動車メーカー7社では最低の数字です。
「十分かと言えば十分ではない コロナ禍以前のレベルのベースとしては、戻るスピードが十分になっていない」
日産の内田誠社長は決算会見で、再建は道半ばという認識を示しました。
今年も自動車業界ではこれまで様々な動きがありましたが、このように日産の慌ただしさも目立ちます。3月15日にはホンダとの提携検討が発表され、衝撃が走りました。以前小欄でもお伝えした通りで、ホンダの三部敏宏社長と日産の内田誠社長が東京・品川のホールで記者会見し、電動化・知能化の分野で提携検討を始める覚書を交わしました。
「急激な変化に対しては、従来の枠組みの中ではとても戦えない」(三部社長)
「これまでの業界の常識の手法に縛られていては到底太刀打ちできない」(内田社長)
両社は危機感を共有します。現状は検討チームをつくり、より深い論議を進めているということです。なお、資本提携の可能性について現時点では否定しています。
さらにその10日後、日産は「The Arc(ザ・アーク)」と名付けた新たな経営計画を発表しました。
「日産は変わらなければならない。これまでと同じやり方を続けていては成功できない。強力な商品ラインナップを構築し、販売を拡大させることに注力しながら、将来に備え。必要な措置を講じる」(内田社長)
今回の計画は2026年度までに16車種の電動車を含む30車種の新型車投入、2023年度と比べて年間100万台の販売増、6%以上の営業利益率を目標とするものです。さらにこの間、EV=電気自動車のコストを30%削減し、2030年度までにエンジン車とコストと同等にすることも打ち出しました。このほか、拡大するハイブリッド車市場に対応するため、日産独自のハイブリッド「e-POWER」とプラグインハイブリッド車をアメリカ市場で拡充することも明らかにされました。
一方、日産は下請け企業に対し、代金を不当に減額したとして、公正取引委員会から下請法違反の勧告を受けました。賃上げ促進のため、価格転嫁や取引価格是正の動きがある中、それに逆行する日産の姿勢は経済界からも強く批判されています。
さらにこうした姿勢は勧告後も行われていたという報道があり、内田社長が先週5月31日に記者会見しました。
「取引先から不満の声が挙がっているのは事実だと思う。今後、適正な取引が実現できるよう取り組みを強化し、不満の声がなくなるよう努力したい」
法令違反となる事実は確認されなかったものの、下請け企業から不満の声が出ていることを受け、取引の適正化といった対応を強化するために、社長直轄の組織を新たに設ける方針が示されました。関係者によりますと、下請け企業とのコミュニケーション強化とともに調査を進め、結果判明には1か月から2カ月はかかるだろうということです。
日産は日本を代表する巨大企業の一つであるだけに注目度も高く、様々な見方があります。日産の現状と今後について、自動車専門誌「マガジンX」の編集長、神領貢さんと考えてみました。
(畑中)各社の年度決算、全体をみて感じることは?
(神領)主観ではあるが、円安が全体の収益貢献に上乗せされている。逆に言うと、日本ブランドに限ってだが、優勝劣敗が出ている。日産はまだまだ回復途上、会社としてはカネが回っているものの。数字に表れるデータとしては物足りない。内田社長は一所懸命やっていると思うが、日産はまだまだ……。
(畑中)道半ばというが、ゴーン事件の“負の遺産”を引きずっているのか、商品戦略を見誤っているのか……?
(神領)すごく乱暴に言うと、後者だと思う。商品戦略の方、勝ち負けに大きく影響したのはやはりアメリカ。中長期的にみると電気自動車が(将来)来ると思っている。ただ、(現状の)成長鈍化は間違いないところ。“現実解”という言い方があるが、当面はハイブリッド。このハイブリッドをいろいろやらなきゃいけない時だが、トヨタとホンダが先行している。
その中で、日産は結果的に「e-POWER」という独自のハイブリッドを世に出している。乗り味はおもしろいが、トヨタやホンダのシステムに比べると、走りや燃費で少し見劣りする……また、大きいクルマに向かないのではないかと言われている。今回、北米に入れるというのは、日本版のコンパクトというより、Cセグメント=ミディアム以上ということだと思う。他社にとられてしまった部分を、2030年に向けてどんどん取り返していくと。
日産ががんばらないと、日本のクルマ業界全体の競争力は上がらないが、「The Arc」で標榜した、あるいはそれ以上の製品をどんどんどんどん開発していけるのかというと、少々心もとない。やはり先では提携というのが、いまは薄く見えているが、もっと濃くなるのかなと思っている。
(畑中)ホンダとの提携検討、私もびっくりしたが、どこまで現実味があるのか?
(神領)相互補完になるところはいくつも分野はある。実際にまずはこういうところというのは、三部・内田会見でも発表されている通りだろう。まずは業務提携で組んで、お互いメリットがあるところをやってみて、その後何が起きるか……
(畑中)提携検討の会見を見る限りでは。内田社長の方がより前のめりというか、危機感を強く持っているように見えた……
(神領)置かれた立場を考えれば当然と言えば当然。変えなきゃいけないという気持ちは、内田社長は強くもっているし、現下の下請けいじめと言われている問題も含めて、解決すべき問題は多い。成長に向かっての“絵”を描きながら、足元の“負の遺産”の処理もしなければいけない。それを焦りとみるのか、非常に一所懸命手をかき、足をかいているとみるのか、両面だと思う。
ホンダもそういう意味で言うと課題は満載だ。稼いでいるのは主に二輪車、四輪車は良くなったとはいっても今回の決算では二輪車の貢献度大だ。ホンダはとりわけ軽自動車。マガジンXが最初に『ホンダが軽自動車(国内市場)から撤退検討』というのを抜いてから6年、7年経つが、相変わらずくすぶっている。実際にはそういう行動を起こしていないが、ホンダマンの口端にはそれが上る。なぜ軽をつくっているかというのを自問自答している。それは2つ、販売網維持と鈴鹿(三重県の鈴鹿製作所 軽自動車をメインに生産している)をどうするかということ。
国内市場というのは各社からすると、非常に扱いが難しくなっている。日産はホンダ以上に国内販売も振るわないそういうところで言うと、日産とホンダは国内市場をどうするのか、客をどうするかというのもそうだが、ディーラー経営と工場に勤めている人たちをどうするのか、国内販売、国内生産というところは各社のアキレス腱になっている。
EV化では日本国内でトップランナーである日産ですが、世界的にはアメリカのテスラや中国のBYDなどの後塵を拝しているのが現状です。一方、ここにきて世界的なEVの需要が鈍くなってきており、日産もエンジン車やハイブリッド車に軸足を戻してきたようです。
EVなどの電動化が進むことには抗えないものの、その時代が完全に来るまでは現状の技術でつないでいかなくてはいけない、その食い扶持をどううまくコントロールしていくか……これがいまの自動車業界の共通課題だと言えます。
一方、ホンダと日産の提携検討の動きは電動化、知能化の国際的な開発競争が激しくなっていることも背景にありますが、国内市場の厳しさも各社共通の悩みのようです。神領さんによれば、ホンダにとって軽自動車と小型登録車の開発のリソース(資源)はあまり変わらないとのこと。つまり、価格の安い軽自動車も開発にかかる費用は登録車とあまり差はないということで、ホンダには「N‐BOX」という軽のトップセラーがありますが、計による利益は登録車に比べて少ないということになります。もっともこれは他社にも当てはまることと言えます。自動車産業というのは製品としてのクルマはもちろんのこと、部品調達、生産体制など様々な要素が絡む、いわば「総合芸術」であるとつくづく感じます。
その上で、日産の進むべき道は……かつてはトヨタと国内市場で勢力を二分していた時代もありました。改めてトヨタとは別の“対抗軸”を構築することができるのか? 次回に譲ります。
(後編に続く)