岩手県の久慈と宮古の間を結ぶ「三陸鉄道」北リアス線。
ドラマ「あまちゃん」で一躍有名になった「あの」ローカル線です。
東日本大震災で大きな被害を受けましたが、平成26(2014)年4月に全線で運転再開。
1両・ワンマン運転のディーゼルカーが、日中はおよそ2時間おきに走ります。
そんな三陸鉄道・北リアス線の久慈行が入ってきた駅は・・・?
岩手県野田村にある「陸中野田(りくちゅう・のだ)駅」。
ホームは駅舎よりやや高い築堤の上にあり、駅舎とは地下道で繋がっています。
三陸鉄道は昭和40年代から、当初は国鉄の路線として造られました。
しかし国鉄再建で工事が中止され、第三セクターの鉄道として開業しました。
このため、三陸鉄道の線路や駅はローカル線の割に、近代的な造りが多いんですよね。
野田村の玄関口「陸中野田駅」は、「道の駅のだ」と併設されています。
三陸の幹線道路・国道45号沿いにあり、鉄道利用者だけでなくドライバーの憩いの場でもあります。
レストラン、土産物売り場、直売所などもあって、時間をつぶすには比較的困らない駅です。
しかも「陸中野田駅」には・・・?
なんと「駅弁」があるのです!
元々、震災の翌年・平成24(2012)年1月に開かれた京王百貨店新宿店の「元祖有名駅弁とうまいもの大会」で「鮭いくら弁当」を実演販売。
この時、1万1,000食を売り上げて6位に入賞して以来「陸中野田駅」では、継続的に駅弁の販売が行われています。
訪れた日も「弁当は完売」の文字が売店に躍っておりました。
「鮭いくら弁当」は野田村に鮭のふ化施設があるために作られた冬~春限定の駅弁で、鮭のシーズンオフとなる夏はというと?
「のだ塩 ほたて弁当」(800円)が「株式会社のだむら」によって作られています。
「株式会社のだむら」は、三陸鉄道「陸中野田駅」の乗車券販売や「道の駅のだ」の管理を行っている第三セクター。
加えて「のだ塩工房」で江戸時代からこの地で続く「塩づくり」も手がけており、その塩を使った駅弁となります。
1日10個限定、午前11時ごろから、陸中野田駅のソフトクリームなどを売っている売店で販売。
前日17時までに予約をすれば、個数に関係なく確実な入手が可能です。(陸中野田駅:0194-78-2106)
次の列車まで2時間あったので、陸中野田駅構内のテーブル付フリースペースで掛け紙を外しますと・・・。
炙りほたてが6個、さらに蒸しうに、わかめなど海の幸がいっぱい乗っているじゃありませんか!
これで「800円」はずいぶんお得!
ほたてがやや小粒なのは理由があって、野田村は中成貝(殻長9cm未満の若くて小型の貝)の出荷が許可されている岩手唯一の産地なんだそう。
貝がまだ若くて瑞々しい分、大人のほたてとは違った、ふっくら・繊細な味わいを楽しめるのです。
そして何よりほたてをいい味わいにしているのが、上にかかっている「塩だれ」。
もちろん「のだ塩」を使用したものです。
明治時代、塩の専売制によって「のだ塩」は一時途絶えたのですが、平成に入って復活。
ところが平成23(2011)年の東日本大震災で、野田港にあった製塩施設が流出してしまいます。
しかし諦めず、在庫で一時凌いで、震災の翌年に高台に移転し「のだ塩」は再度復活!
移転を機に、燃料も重油から震災で流された松を薪にして「薪窯直煮製法(まきがまじきにせいほう)」に。
「のだ塩」自体も旨味たっぷり、まろやかな味わいに生まれ変わったといいます。
地のほたてと地の塩の組み合わせですから、これ以上ないベストコンビ!
炙りの苦みも心地よく、思わず「うに」より「ほたて」のほうを完食してしまうほどイイ味わいでした。
日中に陸中野田で下車しても、次の列車まで2時間をつぶすには難儀するもの。
ただ、陸中野田駅からは、久慈海岸線経由・久慈駅行の岩手県北バスも出ています。
この路線バス、「北限の海女」の皆さんがいる「小袖海岸」経由のバスなのです。
夏場の週末なら、小袖海岸の海女センターと組み合わせて野田村へ足を伸ばすことも可能。
しかも途中、かなり「じぇじぇじぇ!」な狭隘区間を走るので路線バス好きにもたまらないかも!?
陸中野田駅のような第三セクターの駅弁は、あまり知られることのない存在。
時間のある夏休み、三陸海岸を訪ねた折にも、ぜひ味わってほしいものです。
さあ、まだまだ「三陸鉄道」北リアス線の旅を楽しみますよ!
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
「ライター望月の駅弁膝栗毛」
(取材・文:望月崇史)
【ごあいさつ】
はじめまして、放送作家の望月崇史(もちづき・たかふみ)と申します。
ニッポン放送には、昔の有楽町の社屋の頃から、かれこれ20年お世話になっています。
最近では、月~木・深夜24時からの「ミュ~コミ+プラス」で放送された、
「ルートハンター」のコーナーに、5年ほど出演させていただきました。そんな私がライフワークとしているのが「駅弁」の食べ歩き。
1年間に食べる「駅弁」の数は多い年でのべ500個。
通算でも4500個を超えているものと思います。
きっかけとなったのも、実はニッポン放送の番組。
2002年~05年に放送された「井筒和幸の土曜ニュースアドベンチャー」の
番組ウェブサイトで「ライター望月の駅弁膝栗毛」を連載することになり、
本格的に「全国の駅弁をひたすら食べまくる生活」に入りました。
以来、私自身のサイトや、近年は「ライター望月の駅弁いい気分」というブログで
「1日1駅弁」を基本に「駅弁」の紹介を続けています。
”駅弁生活15年目”、縁あってニッポン放送のサイトで連載させていただくことになりました。
3つの原則で「駅弁」の紹介をしていきたいと思います。①1日1駅弁
②駅弁は現地購入
③駅弁のある「旅」も紹介「1日1駅弁」ですので、日によって情報の濃淡はありますが、
出来るだけ旬の駅弁と鉄道旅の魅力をアップしていきますので、
ゆるりとお付き合い下さい。
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/