番組スタッフが取材した「聴いて思わずグッとくるGOODな話」を毎週お届けしている【10時のグッとストーリー】

今日は、少年院で数学を教え、少年たちに「学び直し」の機会を与えることで社会復帰をアシストしている教師のグッとストーリーです。

少年院.comより

新潟県長岡市にある少年院「新潟少年学院」。ここでは午前中に、数学や英語などの授業が行われます。
全国の少年院では、これまで手に職を付ける「職業指導」は行われてきましたが、通常の学校の授業に近い「教科指導」はほとんど行われていませんでした。

しかしこの少年院では、17歳から20歳までの少年たち10数人が、真剣に授業を受けています。
少年院にいる少年の8割から9割が中卒か、高校中退。一方、世間の高卒者の割合は98％以上。
なので、少年院を出ても、高卒の資格がなければ就職もままならないのが実情です。

「だから、社会復帰するために、また職業選択の幅を広げるためにも、基礎学力を身につけさせることも必要なんです」と語るのは、新潟少年学院で数学を教えている、高橋一雄さん・56歳。

高橋一雄さん

高橋さんは少年時代、持病のぜんそくのため小学校・中学校を半分近く欠席し、その影響で数学が大の苦手に。猛勉強を重ね医学部受験レベルの学力はつきましたが4度失敗。
家庭の事情で医学部は断念し、アルバイト生活を経て、28歳で東京学芸大学に入学しました。

「だから、数学が分からない子たちの気持ちが、痛いほど分かるんです」という高橋さん。
これまで、予備校や塾で長年教えるかたわら、数学を学び直すための本を執筆してきました。

高橋さんの数学の本は、通常の参考書とは違って、語りかけるような口調で書かれています。

＜では、やってみましょう＞＜大丈夫ですか？＞＜うんうん、つらいよね〜＞

数学が分からない人の側に立って、「一緒に勉強している」という感覚で書かれているので、中学・高校生だけでなく「学び直しの本」として大人にも愛読されるようになっていきました。

増補改訂版 語りかける中学数学 　 高橋 一雄（Amazonより）

大事なのは、教わる人の自尊心を傷つけないこと。「分かるよね？」は絶対に禁句。
「分かるよね！」と言われて、「分からない！」とは、なかなか答えられないもの。特に語尾の「ね！」は、相手に同意を強いるときに使う気がするので、高橋さんは絶対に使いません。
教わる側に一緒に寄り添って「大丈夫？」と聞いてあげる。それが高橋さんの指導方針です。

そんな高橋さんが、少年院で教えることになったのは、非行少年から更生、独学で勉強し、弁護士になった人の話をテレビで観たのがきっかけでした。
画面に映っていた数学の参考書を見て、「こういう人たちが、自分の本を使ってくれたら…」と思った高橋さんは、手元にあった自分の著書266冊を、全国の少年院に寄贈したのです。

すぐに反響はありませんでしたが、9年後の2011年、群馬の少年院から高橋さんのもとに「指導法を教えてもらえませんか？」というオファーが届きました。
少年たちに自己肯定感を持たせたいという当時の院長の考えに共鳴した高橋さんは、それをきっかけに、少年院に教官と少年を指導しに行くことに。それから3カ所の少年院を廻り、おととしから新潟少年学院の高卒認定試験コースで定期的に教えるようになりました。

※イメージ画像

少年たちが目指すのは、高校卒業と同等の資格が得られ、大学受験も可能な「高卒認定試験」に合格すること。中には分数や九九も怪しい少年もいましたが、「学びたい」という真剣な意思を持った少年たちが多いことに、高橋さんは驚いたそうです。

ある少年の「俺たちは能力はある。ただ学力がないだけなんだよ！先生！」という言葉が心に響いたという高橋さん。
「私は『学力は生きる力』と考えています。ここには立ち直りたいと、真剣に勉強をしたいという子供たちがたくさんいる。今までの生き方を反省し、生き直そうと努めている子供たちに学力を身につけさせる。私はここに教育の原点があると思います」

指導の効果は、目に見えて表れています。小学校の算数レベルの知識しかなかった少年が、わずか3ヵ月で高校数学の問題を解けるようになったケースも。
去年行われた高卒認定試験には9割(数学教科)の少年が合格しました。報酬は交通費程度ですが、高橋さんはこう言います。

「ずっと『お前はダメだ』と言われ続けてきた子が、数学が分かるようになったことで、自信が生まれ、『大学に行って勉強したい』という夢を持つ少年も出てきました。彼らがいきいきと社会へ出て行く姿を見ていると、お金には換えられない喜びを感じます」

【10時のグッとストーリー】
八木亜希子 LOVE&MELODY　2017年4月15日（土）　より