番組スタッフが取材した「聴いて思わずグッとくるGOODな話」を毎週お届けしている【10時のグッとストーリー】

今日は、父親から受け継いだコーヒーの味を受け継ぎ、屋台のコーヒー店を経営、人々に憩いの場所を提供している兄弟のグッとストーリーです。

栃木県足利市(あしかがし)。
足利市民会館の手前、国道沿いの片隅に夜が更けると、オレンジ色のランプの灯りがポッとともります。
お店の名前は「カフェ アラジン」。

カフェ アラジン

赤茶色の屋根の下には、まさに『アラジンと魔法のランプ』に出てきそうなランプがいくつもぶら下がっています。コーヒーの麻袋で作った天幕を風よけに、中央にはストーブが。
小さなテーブルに椅子が6脚。カウンターや、少し離れたところにあるテーブルも合わせると15人ほどが座れます。カウンターに立つのは阿部哲夫(てつお)さん・次郎さん。73歳と67歳の兄弟です。

阿部哲夫さん・阿部次郎さん

「カフェ アラジン」のメニューは、一杯400円のコーヒーだけ。
ここ20年、値段はずっと変わっていません。弟の次郎さんは、その理由をこう説明します。
「値上げをしないのは、みんなが気軽に飲めるように、というオヤジの意思なんです」

このコーヒー屋台を始めたのは、兄弟の父親の弥四郎(やしろう)さん。戦前、船のコックだった弥四郎さんは、世界中を廻り、特にトルコなど中近東の雰囲気が大好きだったそうです。
戦後は日本に戻って、レストランのコックとして働き、4人の子供を育て上げた弥四郎さん。
65歳になったとき、家族の前でこう宣言しました。「屋台のコーヒー屋をやりたいんだ」

かつて船員だったとき、中近東で見た路上の喫茶店で人々が語らっている風景に感銘を受け、そんな雰囲気のお店を、自分で作ろうと思ったのです。家族は猛反対しましたが、それを押し切り1971年、家の近くにある四つ辻に「カフェ アラジン」をオープンさせました。
「今と同じ場所ですけど、当時はすぐ脇に川が流れていて、田んぼもあったんです。川は駐車場になって、田んぼもお店になっちゃいましたけどね」

お父様の弥四郎さんと

開店した頃は高度成長期で、近所の繊維工場から仕事帰りに立ち寄るお客さんでお店は大繁盛。
当時郵便局員として働いていた弟の次郎さんは仕事の後にお店を手伝うようになっていましたが、弥四郎さんとお客さんたちのやりとりを見ているうちに、仕事を辞めて一緒にお店に立つことに。
85年に弥四郎さんが亡くなり、大変だけれど一人でお店を続けようと決意した次郎さんに、当時、銀座の割烹で働いていた兄の哲夫さんがこう言いました。
「俺も手伝うよ」

哲夫さんは板前の仕事を辞め、次郎さんと一緒にお店に立つことに。兄弟二人が“二代目”となり、「カフェ アラジン」は同じ場所で、同じ時間に営業を続けることになりました。

兄弟で営業を始めてもう30年以上になりますが、二人のスケジュールは変わりません。
冬場は5時に開店しますが、近くの車庫から屋台を運び、1時間以上かけて設営。
それからコーヒー豆を選別して手動で挽いていきます。ブレンドする豆は4種類。
弥四郎さんがいろいろ試して、「これでいこう」と決めた味をずっと守り続けています。
ネルドリップ式で時間を掛けて淹れたコーヒーは、口当たりがまろやかでコクがあり、スッキリして呑みやすいと評判です。
「ここのコーヒーを飲んだら、他ではもう飲めないよ」
ここでしか飲めない独特の味に惹かれてやって来るお客さんは、後を絶ちません。

お店の様子

「ご近所の常連さんが6割ですが、最近はわざわざ遠くから来てくれる新規のお客さんもずいぶん増えました」という次郎さん。お勤めの人、主婦、クリエイター、旅行中の人…

すぐ隣に市営のホールがあるので、オーケストラの楽団員がやって来たり、様々な出逢いがあるのもこのお店の魅力の一つ。おいしいコーヒーで、話も弾みます。
時には、お店でたまたま相席になった男性客と女性客が、それが縁で交際を始め、結婚報告に来ることも…

次郎さんは言います。
「オヤジはコーヒー好きが集まって、リラックスしながら自由に雑談できるサロンのような場所を作りたがっていました。この店は、そんな安らぎの場所にしていきたいですね」

コーヒーカップの湯気が、まるでランプから出る煙のように人々を包み、和やかな雰囲気に…
今夜も、「カフェ アラジン」の魔法にかかった人たちの語らいは続きます。

【10時のグッとストーリー】
八木亜希子 LOVE&MELODY　2017年4月1日（土）　より