番組スタッフが取材した「聴いて思わずグッとくるGOODな話」を毎週お届けしている【10時のグッとストーリー】
きょうはここ3年間、作ったパンを1個も捨てていないパン屋さんののグッとストーリーです。
丸くて固くて、重さが2キロほどある「カンパーニュ」をはじめ、基本、4種類のパンしか販売していないのに、いつもお客さんが絶えないパン屋さんがあります。広島市内にある、窯焼きパンのお店 「ブーランジェリー・ドリアン」。薪で焼く窯と、有機栽培で育てられた国産の小麦を使い、昔ながらのやり方でパンを焼いているのは、店主の 田村陽至(たむら・ようじ)さん・41歳です。
「材料は、粉と塩と水だけ、私一人でパンを焼いて、妻が売ってます」という田村さん。「ドリアン」のパンは見た目こそ地味ですが、日持ちがする上に、噛むほどに香ばしく、小麦本来の風味が味わえるので、作った分は毎日完売します。もし売れ残っても、いつもパンを仕入れに来るレストランが喜んで買ってくれるので、ここ3年ほど、廃棄処分のパンを1個も出していないことが自慢です。しかし、そうなるまでにはさまざまな苦労がありました。
「ドリアン」は、田村さんのおじいさんが創業し、お父さんが「焼きたてパンの店」として発展させたお店です。しかし田村さんは、もともと店を継ぐ気はなく、一日じゅう働きづめのお父さんの姿を見て「パン屋になるのは嫌だ」とモンゴルに渡り、コーディネーターの仕事をしていました。ところがある日、お店が多額の負債を抱えていることを知り「長男の自分がなんとかしないと」という思いから、跡を継ぐ決心をしたのです。
田村さんは、一からパン作りを学び、お店をリニューアルオープン。手作りの具にこだわった40種類のパンをそろえ、「ドリアン」は評判の人気店になりましたが、新たな悩みに直面します。パンの種類を増やした分、仕込みが大変になり、田村さんは毎日、夜の10時から翌日の夕方まで寝る暇もなく働くことになりました。そして毎日、大量に発生する売れ残りのパン。日持ちがしない具入りのパンは、翌日売るわけにもいかず、食中毒のリスクもあるので、結局捨てるしかないのです。
「アルバイトで来ていたモンゴル人の女の子に『なぜこんなに捨てる? おかしいよ!』と言われて、心が痛みましたね」という田村さん。
「捨てられるパンを見て、自分は何のために、毎日寝ないでパンを焼いているんだろう? このまま10年、20年と続けていける仕事なのか?…と、ふと疑問に思ったんです」
何とか、両親の借金を返し終えた2012年、田村さんはお店をいったん休業。パン作りを一から学び直すため、奥さんの芙美(ふみ)さんと一緒に、1年間フランスへ渡りました。その間、ヨーロッパじゅうの有名ベーカリーを見学して廻った田村さんは、ウィーンのあるお店で衝撃を受けます。職人さんがパンを作り始めるのは朝8時からと遅く、仕事は午前中で終わり。パン作りもごくシンプルで「粉と塩と水を練り上げ、薪窯(まきがま)でじっくり焼き上げる」…それだけです。なのに食べてみると、ものすごく美味しい。なぜこの作り方で、こんなに美味しく焼けるのか、パン職人に理由を聞いてみると、答は簡単でした。
「最高級の粉を使っているからだよ!」
その一言で、目からウロコが落ちたという田村さん。帰国後、パンの種類を「カンパーニュ」など数種類だけ絞り、粉も、輸入小麦の4倍高い、北海道・十勝産の有機栽培の小麦に切り替えました。具が入ったパンの販売をやめ、種類を絞ったパンを自分一人で焼くことで、コストが大幅に減り、高い粉を使っても、これまでと同じ値段で販売することができたのです。
作る工程を減らしたことで、パンを焼く時間も大幅に減り、朝4時に始めて11時には仕事を上がれるようになった田村さん。午後からは人と会ったり、SNSに書き込んだり……それでお店の知名度も上がり、休まず働いていたときと変わらない売り上げを確保しています。そして、田村さんの生活にも余裕ができ、それがパン作りにもいい影響を及ぼしているそうです。
「わざわざ物事を複雑にして自分の首を絞めていることって、実は多いんじゃないですか? これからも、本当においしいパンを、あくせくせずに作っていきたいですね」
【10時のグッとストーリー】
八木亜希子 LOVE&MELODY 2018年3月31日(土) より
番組情報
あなたのリクエスト曲にお応えする2時間20分の生放送!
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