金井宇宙飛行士 地球帰還後のリハビリの日々
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【報道部畑中デスクの独り言 第63回】
「これがロシア式ジェットコースターか」
日本時間の6月3日夜、宇宙飛行士の金井宣茂さんが約5カ月半にわたる国際宇宙ステーションの長期滞在から地球に帰還しました。ロシアの宇宙船「ソユーズ」は「枯れた技術」とは言え、帰還では相当なGがかかり、やはり命がけです。しかし、焦げたカプセルの中から金井さんはにこやかに手を振って姿を現しました。冒頭は着陸後の金井さんの一言、そして「改めて重力を感じた」と感想を語りました。しれっと答えてしまうあたり、やはりただモノではないと感じます。
そして、帰還10日後、金井さんは早くも日本に一時帰国、この間、リハビリのもようも報道陣に公開されました。宇宙で長期滞在した宇宙飛行士は無重力の環境で筋力が衰えたり、バランス感覚を失うため、回復のためのリハビリを45日間行います。日本人宇宙飛行士のリハビリの舞台は主にアメリカですが、一部で国内でのリバビリが大西卓哉さんの時から始まりました。大西さんは帰還後22日後の帰国でしたが、金井さんは倍以上の早さで、さらに滞在も約3週間とこれまた倍以上に延びました。宇宙開発における日本の存在感は高まっているようです。
リハビリの場所はJAXA筑波宇宙センター。金井さんは宇宙ステーションで伸ばしていた髪をバッサリ切って姿を現しました。「カッコよくして下さい」…この日のためにヘアスタイルを整えたと言います。
帰還した宇宙飛行士はいつも思うのですが、前より一段と逞しくなったように感じます。童顔ながら身長180センチ。金井さんもその例に漏れませんでした。しかし、前出のただモノではないと思っていた着陸後は、本人にとっては相当大変だったようです。
「余裕だなと思って、割となめてかかっていた。着陸後は目が回る状態。首を傾げただけで周りがグルグル回る。重力になじむのがどれだけつらいものか身に染みた。レスキューの人に自分から手を伸ばす時は“拷問”のように感じた。笑顔だけは忘れちゃいけないという気持ちで、しんどかった」
手を伸ばすこと一つ取っても重力の厳しさがあります。しかし、そんな中でもあの笑顔で手を振る表情はさすがとしか言いようがありません。自分は周りに支えられているという気持ちでしょうか。そうした流れも訓練の中に組み入れられているのでしょう。
さて、リハビリです。まずは自転車エルゴメーターで20分ほどのウォーミングアップ、歩くことはできてもジョギングのような“走り”はまだできないそうです。
ダイナミックストレッチと呼ばれる運動、シューズの音がキュキュキュキュキュと床に響きます。画像を見る限り、普通に汗を流しているように見えます。しかし、リハビリ開始当初は首を前後左右に回すこともままならず、前倒屈では頭を下ろすのも難しかったそうです。下手すると“重力”で頭を床にぶつけてしまう…。「自分の首だけを相手に向けるのは、最近会得した“新しい技能”」と金井さんは話します。スクワットも当初は尻もちをつきそうになり、尻にクッションを置いていました。そして、片足で立って指先で足を触りながら歩く練習…これが最も難易度が高く、さすがの金井さんもしかめっ面に。「バランスが悪くて、手をつくと体が倒れてしまう」と話していました。
その後、バランスクッションやメディシンボール、プラスチック製のラダー=梯子を床に置いての歩行などで約1時間20分、金井さんはたっぷりと汗を流しました。
「ヤ――――っ」
ボールを思い切り上に上げる練習で金井さんは「雄叫び」を挙げていました。無重力に慣れた体にはこたえるようです。「(ボールが重力で)戻ってくるというのが不思議で新鮮」…無重力空間で過ごした人ならではのコメントがありました。ちなみにこうしたリハビリは、高齢者の転倒予防などへの活用が期待されています。無重力下では骨量が減少し、骨粗しょう症と同様の状態になるためです。
終了後、リハビリの場所はそのまま記者会見の場となりました。金井さんはこの時点での回復度は日常生活では9割ぐらい、「フルパフォーマンス」としては5~6割ではないかと自己分析します。一方で「体が動かないのは悔しい気もするが、驚きとおもしろさを同時に感じている」と話すあたり、体調回復に懸命ながらも、どこか客観的に自分の体を見つめる…医師出身の素養を感じました。そのほか、「自分が何でこういうことをやっているのか、一つ一つ理解しながらやることができている。他の宇宙飛行士と違った感覚で受けていると感じる」とも話していました。リハビリの内容についても「これまで受けているのはNASAから“輸入”しているもの、日本独自の観点で、もらってきたものを使い回すのではなく、新しいものをつくっていくのが我々の役目だと思っている」と、医師らしいコメントを残しました。
一方で、いまは「食べるものが何でもおいしい」と話す金井さん、私の「日本では何を食べたか?」という質問に対して、「えーー」と間を置きながら「婚約者がつくってくれた大根の煮つけですかね…」これには私も「ごちそうさまでした」と申し上げるほかありませんでした。最高の味だったことでしょう。
ただ、その婚約者については「宇宙飛行士の家族って大変な思いをしてミッションを支えてくれている。家族の犠牲は実はすごく大きいと考えさせられる5カ月だった」と振り返ります。「戻ってきて、一緒にいてあげられると思うと、今度は逆に彼女は彼女なりの、1人で生活を行うリズムができていた、ここから2人の生活を作り直していく必要がある」…少し複雑な表情を見せていました。単身赴任などで家族と長期間離れて暮らした経験を持つ人にも共通した思いがあると思います。考えさせられる発言でした。
ちなみにこのリバビリ公開、リハビリ中の金井さんへの質問は禁止されていましたが、その最中に金井さんの方から「何か質問は?」を歩み寄る場面がありました。終始気さくな金井さんでしたが、「質問受けてると休めるんで…」の一言に場内は爆笑の渦に…うーん、やはり“ただモノ”ではありませんでした。