【ペットと一緒に vol.96】
2017年に世界初とも言われる、猫と犬の無料の不妊・去勢専門の動物病院を作った、NPO法人ねこけんを10年ほど前に立ち上げた、溝上奈緒子さん。すべてのスタートは、留学先の中国での体験でした。今回は、溝上さんのストーリーをお届けします。
中国の動物たちとの約束
10年ほど前、溝上奈緒子さんは中国での動物たちとの約束を果たしました。それは、「日本に帰って、キミたちの仲間を救うね」という約束です。
10年以上前に中国の大学に通っていた溝上さんは、当時たまたま市場で売られている犬や猫やウサギなどを目にして、衝撃を受けたそうです。
「ひと言で表現すると、悲劇。動物の福祉もなにもあったものではありませんでした。どうしていいかわからず、とりあえず1頭だけいた猫を買いました。そして売り場にいたほかの動物たちに、『今はなにもできないけど、日本に帰国したら仲間を救うから』と約束したんです」。
帰国後は2年間、既存の愛護団体に所属して経験を積んだ溝上さん。その後、NPO法人ねこけんを立ち上げ、現在は月に2回ペースで猫の譲渡会を開催。さらに、1年ほど前には世界初とも言える試みの、無料の不妊去勢病院の活動をスタートさせました。
根本的な解決を目指して
今では年間およそ400頭の猫を新しい家族のもとへ送り出している、ねこけん。その代表である溝上さんが猫を保護する活動を始めてから、ある重要なポイントに気づいたと言います。
「ねこけんにやってくる猫の多くが、実は家の中で生まれているという事実です。猫の多頭飼育崩壊は、愛猫に避妊・去勢手術を受けさせられない家庭で起こっているんです。増えすぎて飼えなくなると、屋外に放したり、捨てられないから飼育崩壊になってしまったり……」。
本来は猫が好きな、けれども経済的に困窮している人が、結果的に保護猫という存在を生み出しているケースが少なくないようです。
「これでは、いくら保護しても新しい飼い主を探しても、永遠に同じことの繰り返し。捨て猫をゼロにするには、飼い猫に不妊・去勢手術をして必要以上に増やさないことが重要です。でも、手術はお金がかかるからと、そのままにしている人が驚くほど多いんですよね。飼い主さんの責任で手術をしてもらうのが理想ですが、現状を考えると、飼い猫でも無料で不妊・去勢手術が受けられる病院の必要性を感じました」(溝上さん)。
野良猫への避妊・去勢手術は、自治体からの助成金によって行われているところも多数あります。野良猫や地域猫を一代限りでまっとうさせるTNR活動によって、せっかく野良猫から子猫が生まれなくなっても、未避妊や未去勢の兄妹猫などが捨てられては、また屋外で子猫が誕生して増えてしまいます。
「とにかく根本原因を解決することが重要なんです」(溝上さん)。
すべての猫たちのしあわせを願って
犬と猫の不妊去勢手術を無料で行う、ねこけん動物病院では現在、1日に20~30頭の猫(木曜日は犬も)の不妊・去勢手術を行っているそうです。
「一般的な動物病院での不妊去勢手術と違う点は、事前検査がないことです。コスト面などの事情から、これは仕方がないこと。それでも開院から、予想を超える多くの猫が不妊去勢手術を受けられたので、この病院を作って本当によかったです」と、溝上さんは語ります。
ねこけんならではの取り組みは、ほかにもあります。それは、保護したすべての猫にマイクロチップを挿入していること。
本来は迷子対策に役立つマイクロチップですが、マイクロチップの所有者をねこけん名義にすることで、譲渡した猫が再び捨てられたり、動物愛護センターに持ち込まれたりするのを抑止する役割も果たしているのだとか。
保健所と呼ぶ人もいる、動物愛護センターに持ち込まれた猫は、収容状況にもよりますが多くは1週間~2週間後には殺処分になります。
「ねこけんから旅立った猫は、一生涯、見守っていきたいと思っています。ねこけんが関わった猫は、みんなしあわせになって欲しいから」と、微笑む溝上さん。
今後は東京都での活動に加えて、千葉県や埼玉県でも活動の幅を広げる予定だそうです。
「いつか、愛護団体で取り合いになるくらいに保護猫が少なくなる日を夢見て……」。
連載情報
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著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。