咬みつく保護犬との流血生活を乗り越えた3人家族の物語
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【ペットと一緒に vol.145】by 臼井京音
結婚と出産を機に10年ほど獣医師としてブランクがあった、瀬戸口公代さん。復職と同時に迎えた保護犬と、想像もしなかった日々がスタートしました。今回は、瀬戸口さん家族と保護犬とのストーリーをお届けします。
愛猫の死が導いた新たな世界
大学を卒業してから約5年間、動物病院で獣医として働いていた瀬戸口公代さん。自身の出産を機に退職したのち、娘さんが中学生になるまでは育児と家庭を優先して来ました。けれども、2年前に愛猫が亡くなったのをきっかけに復職を果たしたと言います。
「心にぽっかりと穴が開いてしまったような感覚になりました。このままではよくないと、女性獣医師のネットワークに会員登録したんです。それが縁で、まずは飼い主さんからの電話相談を受ける獣医師として復帰しました。それから、週3日パートタイムの勤務医としても再び働き始めたんですよ」と、瀬戸口さんは語ります。
採用が決まった動物病院で、瀬戸口さんは思わぬ出会いも果たしたとか。
「新しい家族を募集中の保護猫がいたんです。すぐにでも連れて帰りたい気分になっていたところ『分院には保護犬もいますよ』と、院長。ちょうど娘が『犬を飼いたい』と言い続けていた時期だったので、猫派の私ですが犬のことも気になって……」。
瀬戸口さんは自宅に帰ると、さっそく家族会議を催したそうです。
「咬み癖があるらしいけど、どうするかと話し合いました。ブリーダー崩壊現場から同時期にレスキューされた同じトイ・プードルはもう新しい家族を見つけているのに、そのコは3ヵ月間も新しい家族が決まらないという点でも、ぜひ迎えてあげようという結論に至りました」。
想像以上の苦労で心が折れそうに
推定2歳のトイ・プードルのときまちゃんと職場で初対面したその日から、瀬戸口さんはさっそく心が折れそうになったと言います。
「まず、私が首輪をしようとすると、『ガゥゥゥゥー』と鬼の形相で……。汗をかきながら苦闘していると、ときまを普段からお世話してくれている病院のスタッフが、首輪とリードを付けてくれました」とのこと。
想像以上に手ごわいのではないかと不安感を抱きながら、瀬戸口さんは帰宅。
「無理強いはしないように心がけたのですが、ときまがクレートから出て来るのに半日以上かかりました。出て来ても、少し手を近づけると牙を剥き、自らサークルへと避難して行きましたね。緊張しているらしく、ごはんも水もまったく受け付けず……」。
けれども、排泄すらしていない状況は健康に悪いからと、瀬戸口さんはゆっくりとリードを引きながら外へと連れ出したそうです。
「以前の動物病院の獣医師時代は、あまり犬には好かれないタイプだと自己分析していて、どちらかというと猫の診察を希望していました。もっと犬の経験を積んでおけばよかったと、いまさらながら後悔したりして(笑)。初めての室内飼育の愛犬を迎えて、頭を抱えていましたね」と、瀬戸口さんは振り返ります。
いつか信頼してくれるはず
いっぽうの夫は、ときまちゃんに咬まれてもへっちゃらだったとか。
「もともと犬好きな夫。たびたび咬まれて血を流していましたが、そのまま手を引かずにいるんです。ときまも咬んでも無意味だと悟ったのか、口を放すように。気づけばときまも、咬みついて来なくなりましたね」。
さらには娘さんも、たとえ咬まれても「いつか信頼してくれるはず」と言いながら、根気よく目の前のときまちゃんに愛情を注いでいたそうです。
そんなある日、ときまちゃんに大きな変化が訪れたと言います。
「ごはんや散歩などの主な世話を私が行っていたからか、あるとき、急に私だけにときまが心を開いてくれたんです。もともと、ワンオーナードッグと呼ばれるタイプだったのでしょうか? 私はときまにとって特別な存在なのだと思うと、急に母性本能が目覚めた気分で、この子のためにがんばりたいと思い始めました。ときまが病気になったら、いち早く発見して医療のサポートをしてあげたいと」(瀬戸口さん)。
愛犬が仕事への後押しをしてくれた
久しぶりの臨床現場への復帰で、以前のように行かずにつらいこともあったと語る、瀬戸口さん。
「でも、環境が変わってもがんばっているときまの姿を思い出し、私も逃げ出さずに精いっぱい仕事に向き合わなくちゃ! と。もし、ときまという存在がいなかったら、私は仕事で早々にくじけてしまっていたに違いありません」。
いま、ときまちゃんは家族の誰が抱っこしても問題なし。散歩も大好きで、とても明るい性格になったそうです。
ときまちゃんは、決して諦めずに向き合ってくれる家族のおかげで新しい幸せな犬生をスタートでき、瀬戸口さんもときまちゃんの存在が励みになって仕事への活力を得ています。瀬戸口家の初めての愛犬ライフはまだスタートしたばかり。これからも、お互いが支えあいながらすばらしい日々が紡がれて行くことでしょう。
連載情報
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著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。