黒木瞳がパーソナリティを務める番組「あさナビ」(ニッポン放送)に株式会社人財育成JAPAN代表取締役・永松茂久が出演。人材育成塾をすることになった経緯について語った。
黒木)今週のゲストは、株式会社人財育成JAPAN代表取締役の永松茂久さんです。永松さんの人財育成JAPANという会社は、どんなことをしていらっしゃるのでしょうか?
永松)本を書きたい、講演をしたい、起業したいと言う方に、そのノウハウ、マインド的なものをお教えする人財育成塾を東京で経営しています。
黒木)一流の人財を集めるのではなく、いまいる人間を一流にするというコンセプトでやっていらっしゃる。人材育成塾を始めたきっかけは何だったのですか?
永松)斎藤一人さんという私の師匠がいるのですが、その師匠と出会ったときに、根底から大きく変えられました。斎藤一人さんは日本一の大商人として実業界でも有名な方で、本もたくさん書かれていました。日本一の大商人ならばウルトラCを教えてくれるかなと思い、教えてもらいました。しかし口から出て来る言葉は、「スタッフには愛を持って接するんだよ」などという、ごく基本的なことばかりで、「そんなことはわかっています」と思ったのですが、「わかっているのと、できているのは違うからな」と言われました。「人間は難しいことはしなくていい、ただ基本的なことを徹底的にやれば絶対にうまく行く」という師匠の教えを、多くの人に伝えるために塾を始めました。
黒木)その方との出会いが、人生を大きく変えたのですか?
永松)540度変わりました。一回転してもう半分くらいですね。
黒木)大きな衝撃を受けられたのですか?
永松)困っていたのです。なぜこんなにスタッフたちは笑顔ではないのだろうか。“陽なた家”というお店のコンセプトは、「笑顔が集まるもう1つの家」というものでした。しかし、スタッフたちにはまったく笑顔がありませんでした。オープンキッチンの古劇場のような形にしていましたので、表面上は笑顔でお客様に向かっていますし、このお店はバースデーイベントで全国から人が集まるようになったので、そうしたショーがある。そのショーをみんな笑顔でやるのですが、裏に行くと、みんな泣いていて。「きょうはこれを失敗した」などということばかり言っていました。そうして行くうちに、自信をなくして辞めてしまう。しかし、表では笑顔でいなければいけない。だんだんこの矛盾に耐えられなくなっていたころだったので、一人師匠に出会ったときに、「スタッフたちと一緒に幸せになる方法を教えてください」ということを頼みました。切羽詰まっていましたね。
黒木)本によって、塾によって、多くの人たちに笑顔を届けられているのですね。
永松)そうであったらいいなと思いますし、ダイニングをやっていたころ、講演をやっていたころ、そしていまは出版がメインなのですが、気持ちは自分のなかでは変わっていません。
黒木)信念があるのですね。
永松)信念なのですかね。これしかできないのです。
黒木)結局は人の幸せ、喜びのためなのですね。
永松茂久(ながまつ・しげひさ)/株式会社人財育成JAPAN 代表取締役
■大分県中津市生まれ。実業家。
■2001年、26歳で地元中津に夢のたこ焼き屋「天までとどけ。」を開店。わずか3坪で大行列をつくり、日商平均25万円を得るたこ焼き屋として有名に。
■2005年、生涯納税額日本一の大商人・斎藤一人氏と出会い、数々の教えを伝授される。
■その教えを活かし、数々のお店を経営し、大繁盛店に育て上げる。
■「一流の人材を集めるのではなく、いまいる人間を一流にする」というコンセプトのユニークな人材育成法には定評があり、全国で多くの講演、セミナーを実施。「人のあり方」を伝えるニューリーダーとして、多くの若者から圧倒的な支持を得る。
■現在は経営、講演だけではなく執筆、人材育成、出版コンサルティング、ビジネスコーチング、イベント主催、映像編集、ブランディングプロデュースなど数々の事業を展開。鹿児島県南九州市の「知覧ホタル館 富屋食堂」の特任館長も務める。
■2019年4月、東京に自社のセミナールームである「麻布『翔』ルーム」をオープン。同時に、自身の実業・出版・講演の経験をベースに、ここから飛び立つ人たちの育成スクールである「永松義塾」をスタート。
■著書多数。累計発行部数は130万部を突破。2019年9月には、すばる舎から『人は話し方が9割』を出版。
番組情報
毎朝、さまざまなジャンルのプロフェッショナルをお迎えして、朝の活力になるお話をうかがっていく「あさナビ」。ナビゲーター:黒木瞳