【ペットと一緒に vol.214】by 臼井京音
フォトグラファーの太田康介さんは、猫に縁があるようです。
もとは犬派だったのに、気付けば保護した猫に自宅で囲まれていたと語る太田さんと猫たちのエピソードを、2020年9月の近著『おじさんと河原猫』(扶桑社)の発売に合わせて開催された写真展会場でうかがいました。
犬派が猫騒動に巻き込まれた結果
16歳で旅立った柴犬と暮らしている間は、自身が“犬派”だと思っていた太田康介さん。ところがふとした出会いから、猫の愛らしさに心を射抜かれたと言います。
「2002年に、近所の野良猫が5匹の子猫を産んだんです。どうしよう……、と町内の人を巻き込んで大騒ぎに。里親募集をしたのですが、1匹しか貰い手がつきませんでした。そこで、ご近所さんと2匹ずつ分けることになり、我が家に姉妹猫がやって来ました。子猫と暮らし始めると、猫ってこんなにかわいかったんだ! と気づかされて、メロメロになりましたね(笑)」と、太田さんは当時を振り返ります。
ちょうどその年、太田さんはカメラ機材をアナログからデジタルに切り替えたこともあり、2匹の猫の写真をフィルム代や現像代を気にすることもなくどんどん撮って行ったそうです。
「他の猫なんてどうでもよくて、2009年までの7年間は“とら”と“まる”のことだけを考え、ひたすらに溺愛しました」
ところが、太田さんが愛猫以外の猫に目を向けるきっかけが訪れました。
「テレビで、河川敷で暮らすホームレスさんと猫とのドキュメンタリー番組を観たんです。我が家から最も近い一級河川である多摩川で、こんなにも過酷で劣悪な暮らしをしている猫たちがいるのか……。衝撃を受けて、それからは多摩川に通って写真を撮り始めました」
河原で出会った“シロ”
太田さんが出会った、多摩川の河川敷で寄り添い合って暮らす11匹の猫たちは、ボランティアさんやホームレスや餌やりの“おじさん”などに世話をされていました。
「僕は猫たちにとって、変な機械を持って現れる怪しい“おじさん”だったんじゃないかな(笑)。猫たちには、それぞれ名前も付けられています。当初、僕は河原で必死で生きる猫のことを伝えるのが自分の役割だと思い、一歩引いて関わっていました」
けれども、ある1匹の白猫との出会いで、太田さん自らも保護活動の当事者としての新たな道を歩むことになりました。
「毎日欠かさず軽トラで通って来る餌やり“おじさん”の加藤さんから、僕がまだ一度も見たことのないレアな白猫がいることを聞いたんです。気が向いたときだけ、みんなとは別の寝床から出て餌を食べに来るのだとか」
太田さんはようやく6度目の訪問で、その“シロ”に出会えたそうです。
「だけど驚いたのが、シロの目的は餌ではなくて加藤さんだったんですよ。ニャーンと甘い声を出してじゃれついて、いつまでも加藤さんのそばに寄り添っていました。『じゃぁな、シロ』と言って去った加藤さんの姿を、シロは見えなくなるまでその場に佇んで見送ってから、寝床に帰って行きました」
太田さんはシロのその様子を見ながら、蝶よ花よと家族からチヤホヤされる愛猫のまるととらと比べてしまい、たまらない気持ちになったと言います。
そして、決心をしたのです。「シロを我が家に迎えよう」と。
ドキドキしながら成猫を迎えると……
加藤さんとタッグを組んで7歳のシロを捕獲した、太田さん。初めて迎える野良の成猫が、先住猫とうまくやってくれるかなど、不安な気持ちにもなったのは言うまでもありません。
「でも河川敷みたいに広くない家のなかでは自由に駆け回れなくて、加藤さんもいなくて、シロだって不安なはず。よし、うちに来てもらうからには幸せにするからな! そう自分に言い聞かせながら、バイクの荷台でニャァニャァ鳴き続けるシロを連れ帰りました」
シロはボランティアさんによってTNR(飼い主のいない猫に去勢・避妊手術をして元の地域に戻すこと)をされた際の健康チェックで、猫エイズが陽性であることが判明していました。
そのため、まるととらには猫エイズのワクチンを接種させつつ、シロを迎えて1ヵ月間は別室で過ごさせたそうです。
「まるととらと柵ごしに初対面したとき、シロは無視をしていましたね。自分は相手に害がないことを伝えたかったのかも知れません。シロは河原でも“空気の読める猫”で、他の猫たちともうまく付き合っていました。きっとそんなシロならば大丈夫だろうと確信を強め、うちへ来て3ヵ月経ったある日、シロをリビングデビューさせたんです。
それから慎重に少しずつ、シロはまるやとらとの距離を縮めて行きました。そしてついに、とらをリーダーとして認めてあいさつを交わしました」
ぽーとの出会い
「とらとまるに拒否された際のよりどころになれるよう、僕はシロをよく腕に抱いて目いっぱいかわいがりました。シロは撫でられることが大好きで、すごく甘えて来ます。そこが本当にかわいいんですよ」と、太田さんは目を細めます。
そんなシロがガラス窓越しに“ぽー”に出会ったとき、シロは不思議な気持ちになったかも知れません。「なんでアナタは外にいるの?」と。
ぽーは、太田さんの著書『やさしいねこ』(扶桑社文庫)の主人公。
「2009年5月に初めて僕がTNRをしたオスの野良猫です。その後、我が家の縁側でご飯をあげていました。体は大きいけれど“町内最弱の猫”で、他の野良猫によくいじめられていました」
このままでは、ぽーはどこかへ姿を消してしまうかも知れない。そう思った太田さん夫妻は、2011年、ぽーを保護して家に入れることにしたそうです。
「シロとぽーは窓越しにですが、顔見知りだったので一緒に暮らし始めても問題はありませんでしたね。ただ、シロは焼きもち焼きなんです。ぽーが僕のそばに来ると、必ず割り込んで先に僕にくっつきます(笑)」
おじさんを愛し、おじさんに愛されて
太田家の仲間入りをして約7年が過ぎたころ、シロは突然に痙攣発作を起こして倒れたそうです。
「妻が駆け込んだ動物病院で、シロの小脳に障害があることがわかりました。でも妻も私も延命処置や入院生活は望まず、自宅で薬と栄養剤を飲ませ、補液と保温をしながら余生を過ごさせようと決めたんです。1~2時間ごとに寝返りを打たせたり、気分転換にと抱っこをするのですが、そのときは加藤さんの呼び声をマネしたりしました。シロがいつも力をもらっていたに違いない声だから」
それからシロは一時元気になり自力で歩けたりもしながら、100日間の闘病生活を送った末に旅立ったと言います。
「シロは、1日も休まず河原でお世話をしてくれた加藤さん、そして僕というふたりのおじさんを愛して愛して、おじさんたちからも愛されて生涯を閉じました。加藤さんより数ヵ月だけ長く、シロと一緒にいられたのがささやかな自慢かな」と、太田さんは微笑み、写真展の会場に展示されたシロの写真にやさしいまなざしを向け続けていました。
撮影協力:Gallery Paw Pad(東京都世田谷区)
※猫などの写真展や絵画展を不定期で多数開催
ギャラリー公式ツイッター https://twitter.com/pad_paw
連載情報
ペットと一緒に
ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!
著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。