親戚のおじちゃんと何を話すか

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フリーアナウンサーの柿崎元子による、メディアとコミュニケーションを中心とするコラム「メディアリテラシー」。今回は、話題づくりについて---

親戚のおじちゃんと何を話すか

ニッポン放送「メディアリテラシー」

口の筋肉は退化する?

コロナ禍となってから、新しい出会いが極端に減っています。人の集まるところに行かない、公共交通機関で移動しない、ひとつの場所に長くとどまらないなど、行動を変えてから1年が過ぎようとしています。

一方で、既知の友人や職場の関係者、遠方に住む親戚などとも長い間、話をしない状態が続いています。

人と話をしないということは、口を開けないということです。そうすると口の周りの筋肉が少しずつ退化し、いざ「話すぞ!」と思っても、自由に口が動かないということは理論上あり得ます。つまり、毎日筋肉を使っているときはスムーズに話せても、使わなくなれば動かしにくくなるのは当然です。

私自身も局のアナウンサーをやめた直後は、話す機会が減ってしまいました。数年してから司会の仕事を依頼されたときは、自分の意思に反してトチリがひどく、何を言っているのかわからなくなるほど口が動きませんでした。

現在はメールやSNSも存在するなど、コミュニケーションの手段がたくさんあります。コミュニケーションが成立していると話した気分になりますが、それは音声を介したものではありません。口を動かして言葉を発することをしなければ、口やのどの筋肉が衰えます。大切なのは、毎日数分でも誰かと音声の会話をすることなのです。

親戚のおじちゃんと何を話すか

ニッポン放送「メディアリテラシー」

沈黙が広がってしまったとき

「おう! もとこちゃん、元気か?」

「わぁーおじちゃん、お久しぶりです」

先日、軽く10年は会っていない親戚の“おじちゃん”と対面で話す機会がありました。「今年は雪の量がすごくて雪かきが大変だよ」「そうですか。いつもの倍は降っていますものね……」などと、とりとめのないあいさつをして数分後、突然沈黙が広がりました。「あれ? 次は何の話をする? 話題がない……」と、私は青くなりました。

知らない人と話すにはまず挨拶が大事で、自然に会話に入れれば、あとは共通点を探すことで話の広がりを認識することができます。初めて会った人との会話のポイントは挨拶です。

しかし、親戚のおじちゃんと話すときは、ずっと前からの知り合いなので挨拶は簡単にクリアできますし、むしろ最初はポンポン会話が弾む気がします。でもすぐにそんな話は終わってしまい、「叔父さんの趣味は何だったかな? 以前はいつ会っただろう?」と考えてしまいました。「好きなものは? 経歴は……?」などと思いを巡らせても、叔父についてはあまり知らず、どんな話題だったら話が弾むのかわかりませんでした。

20秒ほどの時間だったと思いますが、1分以上の長い沈黙に感じました。このようなとき、皆さんはどうしますか?

親戚のおじちゃんと何を話すか

写真撮影:柿崎元子

予想外の反応

このような場面で手助けになるのは「自己開示」です。つまり、自分について話すのです。「自分のことをベラベラ話すのは押し付けがましい」と思う人もいるでしょう。いえいえ、近況報告から話を発展させれば違和感はありません。私は“いま読んでいる本の話”をしました。以下が話の内容です。

「実は先日、自転車に追突されて、大けがはしなかったけれど、じわじわ痛いところが出て来て体力の衰えを感じたのです。そんなとき、実家にあった『呼吸法』の本(『完全版 呼吸法』/雨宮隆太・橋逸郎 共著)を何気なく開くと、運動と呼吸には密接な関係があって、体幹を鍛えるには呼吸が大事と書いてありました。不意に転んだりしても、体幹がしっかりしていればケガにもつながりにくいですよね。それ以降、呼吸を意識するようになったんですよ」

この話のあとの叔父の反応は予想外でした。雪かきで腰が痛いので体幹について考えるようになり、アンチエイジングやストレッチにとても関心があると言うのです。もはや立て板に水のごとく、いや、上から滝の水が落ちて来るのではと思うように、次から次へと話が展開して行きました。

人間の体のしくみや呼吸との関係、自分が始めた健康法など、あっという間に時間が経ってしまいました。先ほどの沈黙はどこへ行ってしまったのか、饒舌に、楽しそうに、自分の知っていることをひとつ残らず教えてくれたかのようでした。

このように、会話をするときはみんな話のきっかけを探しています。何がフックになるかは予想できませんので、とにかく何でも話してみることがベストです。

親戚のおじちゃんと何を話すか

ニッポン放送「メディアリテラシー」

自分のことを話しながら探る

私は読んでいる本の話をしたことが鍵となり、相手の話を引き出すことができました。しかし、必ずしも本の話が絶対ではありません。自己開示=はじめに自分の話を出すことが重要なのです。

ほんの少し会わずにいた間に、互いにたくさんの出来事や考える時間がありました。それを相手に話すだけです。大昔の話では思い出すのに苦労しますし、準備が必要なこともあるでしょう。でも直近のことなら誰でも鮮明に覚えているはずです。

相手は以前から顔見知りですから、恥ずかしい気持ちも薄いでしょう。食べ物、スポーツ、季節の移ろい、何でもよいのです。身辺の変化を話しましょう。カテゴリーに分けなくても、“昨日のこと”でもよいかも知れません。

「昨日は東京も寒かったですよ。コートをクリーニングに出してしまったので、タイミングが悪かったです。立春を過ぎると春に向かって気持ちが急いてしまいます。あなたはどうですか?」

このような形で自分のことを話しつつ、相手にもそのポイントでどう思うかを聞きながら探って行くとよいでしょう。生活や健康の話は、老若男女に共通する身近な話題です。話しやすく、聞きやすいと思われます。

一方、自分の趣味や政治、宗教になると独りよがりになり、考えを押し付けてしまいかねないので注意が必要です。普段あまり深く叔父の考えなど聞いたことがありませんでしたが、知識が豊富で、学ぶことが好きな人なのだと気付くこともできました。もしかしたら叔母の知らない一面だったかも知れません。

コロナ禍で会話をする機会が減りましたが、その間に話題も蓄積されたことでしょう。自己開示しながらコミュニケーションを深めていただけたらと思います。(了)

連載情報

柿崎元子のメディアリテラシー

1万人にインタビューした話し方のプロがコミュニケーションのポイントを発信

著者:柿崎元子フリーアナウンサー
テレビ東京、NHKでキャスターを務めたあと、通信社ブルームバーグで企業経営者を中心にのべ1万人にインタビューした実績を持つ。また30年のアナウンサーの経験から、人によって話し方の苦手意識にはある種の法則があることを発見し、伝え方に悩む人向けにパーソナルレッスンやコンサルティングを行なっている。ニッポン放送では週1のニュースデスクを担当。明治学院大学社会学部講師、東京工芸大学芸術学部講師。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修士
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