「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
日本で初めて「かに寿し」駅弁を発売した鳥取駅弁「アベ鳥取堂」。いまから60年以上前、独自の保存技術を開発して、「かに」を使ったさまざまな駅弁を通年で販売しています。今回は「かに」をはじめ、米や酢といったさまざまな食材へのこだわりを取材しました。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第25弾・アベ鳥取堂編(第4回/全6回)
全国各地で引退が相次ぐ国鉄形車両。そのなかにあって山陰地方では、いまも国鉄生まれの気動車や電車が、リニューアルを受けながら健在です。とくに鳥取県内の非電化区間を走る普通列車では朱色に塗られたキハ47形気動車が大半を占めます。この日も2両編成の普通列車が、春の日差しを受けながら、鳥取市郊外の菜の花畑を横目に、山陰本線をのんびりと駆け抜けて行きました。
そんな鳥取の駅弁を製造する「アベ鳥取堂」。株式会社アベ鳥取堂の阿部正昭社長にさまざまな食材へのこだわりを伺いました。
●丸釜で炊くお米が美味しい!
―アベ鳥取堂の駅弁に使用しているお米、炊き方、水加減など、こだわりの点は?
阿部:お米は、100%地元鳥取産のお米をブレンドして使用しています。一部は、農家さんに契約栽培してもらったお米を使っていて、7升の丸釜に5升入れて、ガスの火で炊いています。丸釜でないと、お米の対流が悪くて、美味しく炊き上げることができないんです。水は多めにして、やわらかく炊き上げるようにしています。
―酢飯へのこだわりは?
阿部:酢飯、茶飯には、いまも100%鳥取県産の酢、醤油を使用しています。とくに「元祖かに寿し」は、鳥取の水でご飯を炊き、山陰の海で獲れたかにを調理して、鳥取の酢を合わせていくのが基本です。ただ、流通が発達して(地元の調味料メーカーなども少なくなり)、当初のかに寿しのように、全てを鳥取産でまかなうのが、正直難しくなっていますね。
●「かに寿し」と「かにめし」では、「かに」の産地が違う!
―カニの仕入れ、品質管理には、とくにこだわりがありますよね?
阿部:「かに寿し」のベニズワイガニは、いまは、ほとんど香住に集約されてきています。本ズワイガニなどを使用する際は、境港産や場合によって海外のものを使います。でも、どこの産地のかにを使っても「アベ鳥取堂」のかにの味に仕上げています。ココがいちばん大事で、「元祖かに寿し」と「山陰鳥取かにめし」に使用するかには、ともにベニズワイガニですが、それぞれ産地が違います。産地を入れ替えて使っても、それぞれの駅弁の味が出せなくなってしまうんです。
―具体的には、どのように違うんですか?
阿部:かに寿しのベニズワイガニは、加工する直前まで生きているものを使用しています。基本的に、船内冷凍など一切していませんので、とくに新鮮なかになんです。かに寿しができた当初は船内冷凍設備もなく、その製造手法を守っていまに至ります。でも、「(山陰鳥取)かにめし」に使用する(かにの)炊き込みご飯には、「かに寿し」に使用するかにの身は向かない(美味しくない)んです。
●鮮度がモノを言う、かにの味わい!
―かには鮮度で大きく味が変わる……そのくらい繊細なものなんですね?
阿部:アベ鳥取堂の冷凍庫のなかには、用途別に何種類ものかにの身があります。弊社の駅弁には、類似したかにの駅弁がたくさんありますが、調理方法に合わせてまったく違うかに、最も適したかにを使っていますので、ぜひ食べ比べていただけたらと思います。じつは私自身も、かに寿しのかにをずっと「まぁ、こんなもんだ」と思っていましたが、他の(地域の)かにを味わってみると、かにの味がこんなに違うんだと驚いたほどですけれどね。
―調理方法で工夫されている点はありますか?
阿部:錦糸玉子がオリジナルです。液卵も使いませんし、汚れた卵、ひびが入った卵も使いません。どこかで人の手(意思)が入っていると、自然のままより、リスクが高まりますので。卵はかける熱が低いだけに、新鮮なものを使うようにしています。刻み生姜も、添加物をできるだけ取っ払ったオリジナルです。
「元祖かに寿し」でおなじみのかにのちらし寿しをメインに、アベ鳥取堂自慢のおかずもたっぷり味わうことができるのが、「かに幕の内」(1600円)です。昔の「元祖かに寿し」を彷彿とさせる、少しレトロな掛け紙が使われていて、手に取ると、ズシリとした重みとともに、何となく懐かしい気持ちが感じられます。名物駅弁とともに、おかずもしっかりいただきたいときに重宝しそうですね。
【おしながき】
・かに寿し(酢飯、ベニズワイガニ、錦糸玉子、刻み生姜)
・赤魚竜田揚げ
・蒲鉾
・玉子焼き
・牛肉煮
・煮物(信田巻、里芋、椎茸、絹さや、人参)
・ひじき煮
・紅白なます いくら醬油漬け
・奈良漬
・塩昆布
・オレンジ
幕の内らしい蒲鉾、玉子焼きはもちろん、魚は少し変化球で「赤魚の竜田揚げ」となっている、アベ鳥取堂の「かに幕の内」。「元祖かに寿し」同様、鮮度にこだわったかに・酢飯の美味しさはもちろん、オリジナルの錦糸玉子、刻み生姜、奈良漬、塩昆布までしっかり入っています。その意味では、アベ鳥取堂の技が最も詰まった駅弁! かに寿しのワクワク感を一層、引き立ててくれる構成となっています。
鳥取を走る普通列車用の車両を改造して、平成30(2018)年に生まれたのが、全車グリーン車の観光列車、快速「あめつち」です。週末を中心に鳥取~出雲市間で1往復が運行されており、下り列車では事前予約制でアベ鳥取堂が製造しているオリジナルの食事をいただくこともできます。
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駅弁膝栗毛の人気特集企画「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第25弾・アベ鳥取堂編。阿部正昭社長のインタビュー、次回は社長に就任されてからのご苦労などを伺います。
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/