「報道部畑中デスクの独り言」(第250回)
ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、自動車業界の苦悩について---
自動車業界では先月(5月)、各社で年度決算が明らかにされました。新型コロナウイルスの影響はこの業界も例外ではなく、2020年度は工場の一時操業停止などに見舞われましたが、その後は概ね回復に転じ始めています。
「コロナ危機において、自動車産業は経済復興のペースメーカーとして一定の役割を果たしたと思う」
日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)は、6月3日の記者会見でこのように総括しました。しかし、その回復のスピードについては、進んでいるところ、遅れているところと、明暗が分かれる結果となりました。
トヨタ自動車は最終利益が2兆2452億円、ホンダも6574億円と増益でした。
「リーマン・ショックのあとからずっと取り組んで来た、もっといいクルマづくり。これまでの取り組みが成果として出て来た年だった」
トヨタの近健太執行役員は、5月12日の決算会見でこのように述べました。特にトヨタは最大手としての底力を感じます。
一方、日産自動車と三菱自動車、こちらはまだまだ回復に時間がかかりそうです。両社は2020年度ともに最終損益が赤字。カルロス・ゴーン前会長の事件以降、経営の混乱をまだ引きずっている感じです。
ともに事業改革は順調と強調しますが、2021年度の見通しは日産が営業利益ゼロ、三菱自動車も何とか黒字を目指す……2兆円以上の利益を上げたトヨタなどと比べますと、その出遅れは明らかです。激しい次世代自動車競争のなかで、立て直しに残された時間は多くはありません。
その他、スズキも増益となりましたが、主力であるインド市場でコロナ感染が急拡大し、工場を抱えるミャンマーでは政情不安が続いています。こうしたことから2021年度は業績予想を見送りました。マツダも最終赤字となり、2021年度の黒字転換を目指します。
一方、コロナとは別に、各社が口を揃える厄介な問題があります。
「今年度は半導体供給不足と原材料価格の高騰といった大きなビジネスリスクに直面している」(日産・内田誠社長)
「業界全体で部品の供給不足が顕在化している。(半導体は)残念ながら上期中は影響が続くとみている」(ホンダ・倉石誠司副社長)
「半導体の問題、これは最も頭の痛い問題だ」(三菱自動車・加藤隆雄社長)
「リスクとして後半期も予断を許さない状況」(トヨタ・近健太執行役員)
まずは半導体の供給不足。この影響は深刻で、2020年度はマツダで1万台、スバルで6万1000台、ホンダで10万台が生産の減少に見舞われました。2021年度にも日産は25万台規模、三菱自動車も4万台の減少を見込んでいます。
そして「大きな影響を見通せる状況ではない」としていたトヨタも、国内の2つの工場で一時操業停止を発表しました。およそ2万台が影響を受ける見通しです。
この半導体供給不足の問題、いくつかの原因が重なっています。1つはゲームやパソコンなどの需要拡大です。新型コロナウイルスの影響で自動車業界は一時期、工場の生産停止に追い込まれました。一方、この間、テレワークや巣ごもり需要によって電機分野の半導体需要が増えました。自動車産業が回復したころには、いわゆる「タマ」がない……自動車向けの生産が追い付かなくなったというわけです。
さらに、アメリカ・テキサスでは寒波による工場の一時閉鎖、国内の一大拠点であるルネサスエレクトロニクスの工場火災にも見舞われました。ルネサスの工場に関しては、業界を挙げて復旧作業に取り組んだという話を聞いています。
さて、この半導体供給不足、はたして一過性の問題なのでしょうか。
半導体には半導体デバイス、マイコン=マイクロコンピュータなどがあります。現代の自動車は「走るコンピュータ」と言われます。電子情報技術産業協会によると、自動車には通常30個、高級車になりますと80個ものマイコンが使われているそうです。歴史をひも解きますと、そのルーツは1970年代から普及した燃料噴射装置と言われています。
ガソリンエンジンを例にとりましょう。燃料となるガソリンと空気を、適切な割合に混ぜてシリンダーに送り込み、ピストンで圧縮してから火花を飛ばし、爆発させることでピストンを動かします。そのピストンの上下運動を、回転運動に替えて車輪を回してやるわけです。
空気と混合する際の燃料の噴射は、キャブレターという霧吹きのような器具で機械的に行われていましたが、その後、コンピュータを使って燃料と空気の割合を緻密に計算し、最適な量の燃料をシリンダーに送り込む技術が開発されました。それは各種センサーを組み込んだエンジンの統合制御に発展します。
そしていまや、思いつくだけでもパワーステアリング、サスペンション、エアコン、ETC、クルーズ・コントロール、アンチロックブレーキ、カーナビなどに半導体が使用されています。さらに今後は電動化、自動運転技術などで需要が飛躍的に増えるのは明らかです。
一方、半導体を必要とするのは自動車業界だけではありません。これからの脱炭素社会、デジタル社会でも需要が高まって行きます。スズキの鈴木俊宏社長は、「いまの状態から考えると慢性的に不足する。取り合いになるという状況は続くのではないか」と厳しい見通しを語りました。
また、今後の調達についてマツダの丸本明社長は、「サプライチェーンの対応で、長期的な契約を行う。中期的には調達をマルチ(複数)にして行くことも考えなくてはいけない」と話します。クルマをつくりたくてもつくれない……そんな時代は信じたくはありませんが、半導体の調達は今後、一段と厳しくなるのは間違いありません。
ただ、これは逆に言えば半導体が成長分野になり得るということでもあります。
「新しいデバイスをつくって行く努力が重要だ。量としての能力以外に、種類としての能力も考えて行かなくてはいけない」
こう語るのは半導体を製造する側……三菱電機の柵山正樹会長です。
半導体と言ってもさまざまな種類がありますが、いま注目されているのは「パワーデバイス用半導体」=略して「パワー半導体」と呼ばれるものです。バッテリーからの直流電源を、交流に変換する装置です。高い電圧がかかる自動車用には欠かせないものです。
さらに、柵山会長は「新しいデバイス」の材料としてSiC=シリコンカーバイドを挙げました。半導体の材料は主にシリコン=ケイ素ですが、これに炭素を結合させたもの。600ボルト~数千ボルトの電圧に耐え、将来的には200℃以上の高温にも対応できるそうです。これからの半導体素材と言われています。
ある電池開発の関係者は、クルマの電動化はバッテリーにこのパワーデバイス用半導体とセットで進めて行くことがカギと話します。
政府もようやく腰を上げ始めました。成長戦略会議では、先端的な半導体技術の開発や立地の支援を打ち出しました。これらの計画は今月(6月)中旬に閣議決定する見通しです。
また、経済産業省は半導体の開発や生産体制の強化に向けた新戦略を発表。このなかには海外の半導体メーカーとの連携も盛り込まれています。梶山経済産業大臣は6月4日の閣議後会見で、「半導体は失われた30年の反省と、足元の地政学的な変化を踏まえて、大きく政策転換を図って行きたい」と決意を述べました。
政府の資料によると、日本国内で使っている半導体は3分の2近くが海外からの輸入、特に台湾や中国への依存度の高さが目立ちます。世界の半導体市場を見ても、1988年には50%を超えていた日本企業のシェアも、2019年には10%にまで低下しています。「日の丸半導体」と言われた時代もいまは昔。しかし、やり方次第では復権のチャンスかも知れません。
ただし、質のよい半導体をつくるには、ただ材料を集めればいいというものではありません。材料の純度が高く、欠陥のない緻密な結晶であることが必要です。
これは簡単なことではなく、高度な技術とノウハウが欠かせません。かつての「日の丸半導体」の凋落を見た半導体エンジニアの1人は、日本の復権について「技術的にも資金的にもかなり厳しいのではないか」と話します。
「失われた30年」の同じ轍を踏まないために、半導体製造技術のノウハウを守り、海外との価格競争にどう対抗して行くかもポイントになります。「国家事業」の構築には、いくつもの高いハードルが立ちはだかっています。(その2へ続きます)
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