リュウグウからの「お宝」、次のステージへ
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「報道部畑中デスクの独り言」(第252回)
ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、探査機「はやぶさ2」が小惑星「リュウグウ」から持ち帰ったサンプルの分析について---
探査機「はやぶさ2」が小惑星「リュウグウ」から石や砂の粒子を持ち帰って半年あまり、「お宝」の詳細な解析が高度な分析技術を持つ研究機関に委ねられました。
「第1ステップの作業が完了、大きなマイルストーン(経過点)だ」
6月17日にJAXA相模原キャンパスで行われた記者会見で、はやぶさ2のプロジェクトマネージャ、津田雄一教授はこのように語りました。会見では津田教授の他、半年間行って来た観察・分類作業のリーダー、初期分析などを担うメンバーが顔を揃えました。
これまでの責任を果たした安堵の表情、これから本格的な解析が始まるワクワク感が混じった雰囲気でした。
観察・分類作業はこれまで、相模原キャンパスのクリーンルーム内で行われて来ました。クリーンルームは、塵芥が厳しくシャットアウトされる半導体製造工場と同じレベルの清浄な空間、床もほこりが舞い上がらない特殊な構造になっています。
そして、そのなかにあるクリーンチャンバー=小部屋のなかでは、真空もしくは窒素を充てんした厳密な環境の下、現在も作業が続いています。
そのクリーンルームをガラス越しに見ることができました。作業員は頭から覆われた作業服に身を包み、チャンバーのなかで慎重に作業します。真空もしくは窒素充てん下に置かれた装置は、温度を管理するためにアルミ箔で覆われていました。リュウグウからの粒子の姿は、モニター画面に黒く映し出されています。
ミリ、ミクロン単位の粒子を、真空ピンセットなどを使って壊すことなく、空気に“汚染”されることなく分類する……ひと粒ひと粒に対する細かい「手術」のようなものです。費やした半年間、その緊張感は半端ではなかったと思います。
リュウグウから得られた粒子の総量は約5.4g、そのうちの0.5gが8つの研究チームに引き渡されました。緩衝材の入った黒いキャリングケースには、手のひらに収まる円柱形の容器。そして容器の中心には、窒素に充てんされた状態で“黒い粒”が見えました。
一方、一部の研究機関では、すでに分析が始まっています。
「大量の水が入っていることを確認した。大量の有機物も確認した。はやぶさ2の偉業は今後、間違いなく歴史に残るマイルストーンになる」
こう話したのは、岡山大学惑星物質研究所の中村栄三特任教授。水の存在は水素原子の量で確認されたということです。「ここでは言えないこともいっぱいある」……詳細は論文を待つことになります。
その上で、「これから先、集中してがんばって行く。毎日がワクワクする」と期待感を示しました。
6月20日には、兵庫県佐用町の大型放射光施設「SPring-8(スプリングエイト)」でも分析が始まりました。
文部科学省などによると、直径500mもの円形が特徴的なこの施設は、太陽の100億倍もの明るさに達する「放射光」という光を使い、物質の原子・分子レベルでの形や機能を調べることができるという、世界最高レベルの施設です。
分析直前の装置が報道陣に公開され、私はオンラインでその様子を見ました。ウナギの寝床のように見える細長い空間には、長い金属パイプが走っています。なかにはX線が通っており、それが“下流”にある分析装置に到達する仕組みです。
「絶対に触らないで下さい! あまり近づかないで下さい」
公開中に何度も聞かれたこの言葉。X線は極めて細く、少しでもパイプが動くと光軸がずれ、粒子のサンプルにあたらなくなってしまうためです。緊張感はオンラインでも伝わって来ました。
装置のステージに置いたサンプルは180度回転し、その間に1800~3600枚の投影図=画像を撮影します。いわゆる病院のCTスキャンと同じ原理ですが、病院では患者が動かないのに対し、こちらは光源が動かないため、サンプルがグルグル回るというわけです。
この間もサンプルが空気に触れないように細心の注意が払われます。その後、大量の画像を三次元化し、高知県の研究施設などで詳しい内部構造を調べます。
内部構造とは……例えば元素の同位体などを調べます。同位体……高校化学の授業に出て来る懐かしい響きです。
地球上に存在する水素原子の質量数は多くは1、酸素原子は16、炭素原子は12ですが、なかには質量数2の水素原子、17~18の酸素原子、13の炭素原子も存在します。これらを同位体と言いますが、各々の比率などを調べることで、リュウグウの粒子が地球のものと同じなのか、違うのかがわかるわけです。
同じならば、地球の水や有機物は小惑星から来たということになりますし、違えば、なぜ違うのか、どんな変遷を遂げたのかをさらに深掘りすることになります。
「リュウグウとは一体何か、地球の水はどこから来たのか、有機物がどう進化したのかを解明して行きたい」
分析のメンバー、海洋研究開発機構の伊藤元雄主任研究員が意欲を示しました。いよいよ始まった詳細な分析により、生命の起源に迫る成果が期待されます。
そして、初期分析チームを統括する東京大学大学院の橘省吾教授は、次のように語ります。
「この分析はオーケストラのようなもので、全体の分析が揃って1つのハーモニーをつくり出す。どの“楽器”も重要で、すべてが鳴るからこそ初期分析が完遂する」
これからどんな音色を奏でて行くのか……可能性は無限に広がっています。(了)
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