「報道部畑中デスクの独り言」(第257回)
ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、ニッポン放送が行った宇宙飛行士・野口聡一さんの単独インタビューについて---
国際宇宙ステーションに約半年間滞在し、日本に一時帰国している宇宙飛行士の野口聡一さんが、今月(7月)中旬にニッポン放送の単独インタビューに応じました。
場所は東京・御茶ノ水にあるJAXA東京事務所。最近はリモートによる記者会見やインタビューが多くなりましたが、今回は久々に対面で行ったインタビューでした。感染防止対策として部屋の窓は開けられ、長めのガンマイクを使って距離をとった収録になりました。
インタビューでは、7月9日の記者会見で出た新型コロナウイルスの影響や船外活動の話題を“深掘り”し、別の角度からも切り込んでみました。
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畑中)日本に帰って食べたものは?
野口)日本に帰ってからは何だったかな? 多分そばだと思う。夏だし、つるっとしたもので。外国にいるとおいしい麺類が食べられないのです。スパゲティなどになってしまうので。
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これは帰国後の日本人宇宙飛行士に毎回聞いているのですが、やはり日本人はつるつるとした喉ごしが恋しくなるようです。ちなみに、宇宙で食べられるラーメンもありますが、味はやや濃いめで、地上の味とは少し違うとか。
一方、飛行前の準備から帰国後の隔離生活に至るまで、新型コロナウイルスの影響を受け続けて来たと言います。
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畑中)帰国して2週間……?
野口)もう2週間バッチリ隔離して、IOCの皆さんとは違うので、私はかっちり2週間隔離させていただきました。
畑中)今回のフライトは準備・帰国後を含めて違う感覚がありましたか?
野口)もう違う。ある意味、コロナ前には戻れないと考えた方がいいぐらいの変化です。帰還後も従来であれば、いろいろな人たちと会って宇宙旅行の体験、反省事項、今後への改善をずっと話し合います。我々がいろいろな場所に行くとか、NASAのセンターに行くとか、スペースXの本社……おそらくコロナがなければ行っていたと思うけれど、全部リモート。そういう意味ではもどかしさはありますが、一方でほとんどが自宅からつないでいるので、楽というか。体力的にはリハビリの進行という意味では、かっちりとリハビリをした上で休息時間をとるというか、不要な移動時間がなく過ごせたのはよかったと思います。
畑中)宇宙飛行士も「新たな日常」ということですか?
野口)完全にニューノーマルで、1年半ぐらい前、そこから全く変わっていません。ずっと私は隔離生活をしているような感じ。慣れちゃったというとあれですが、変な意味ではなく元には戻らないと思って、いまのこの状況を受け入れて、新しいノーマルをさっさと構築する方が精神的には楽だと思います。
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今回の宇宙滞在でハイライトだったのは船外活動です。野口さんは主に、宇宙ステーションの新たな電源となる太陽電池パネルの土台を取り付ける作業に臨んだわけですが、記者会見ではその体験談が披露され、野口さんは「いちばん過酷だった」と振り返っていました。
さらに、活動中に手すりや外壁にデブリ=宇宙ゴミが衝突した跡を見たと語っていました。15年前の船外活動で見た景色とは、かなりの違いがあったようです。インタビューではその辺りを“深掘り”してみました。
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畑中)記者会見の船外活動の話で思ったのが、宇宙デブリの跡……。
野口)前回、私の場合は幸か不幸か15年前だったので、15年前は新しい部品を組み付ける作業が結構多かったのです。完全に新品の世界。宇宙ステーションもわれわれが持って上がった新品の部品を取り付けるのがほとんどなので、長く宇宙空間にさらされた部分というのは、あまり見ずに済んだ。でも今回は、太陽電池のトラス伝いにいちばん端っこまで行くのですが、常に進行方向、前を向いている側だったので、本当にいろいろなところに小さな穴が開いていました。手すりの場合には、表面側からデブリが当たると、それが勢いで反対側に抜けるのですが、抜けた側の方が爆発したように穴が大きく開いている。そちら側に鋭い金属のエッジができるので、多分そこで手袋を切ってしまう飛行士が多い。だから今回、相棒の宇宙飛行士がもしかしたら手袋を切ったかも知れないというのは、デブリが貫通した手すりの反対側に気付かず、触ってしまったという……。そういう意味では危険がどこにでもある。「ここが危ない」というのであればわかりますが……ハザードマップみたいにつくっていれば。それは日々変わって来るので、一見するとわからない、そういう危険性が本当にいっぱいあるなと思います。
畑中)(デブリが)宇宙ステーションに当たりそうなことはなかったのですか?
野口)小さな宇宙ゴミが、ということですか? すごく大事なところですね。ある程度の大きさのものは、地上からレーダーで国防総省がトラックしているので、地上から見ていて野球のボールぐらいのものであれば、もうすぐ来るよと。十分早い時期にわかっていれば、宇宙ステーションの軌道を変えることができ、それを逃してやる。本当に危険だと思ったら、避難船、ソユーズであったりスペースXのなかに入る。もしそれが直接ぶつかってカタストロフィックな、壊滅的な被害があったら、すぐ帰って来るというような手順にはなっています。
畑中)幸い、そういったヒヤリとした体験はなく……?
野口)カプセルのなかに避難するのはこれまで何度もやっていますが、実際にぶつかってどこかのモジュールに穴が開いたということはないです。
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野口さんは幸い、これまで致命的な体験はないということですが、宇宙船への避難は珍しいことではないようです。今回の船外活動では、相棒の飛行士の手袋に傷ができて、作業を一部変更する一幕がありました。
傷によって空気漏れがあっては大変だということで、作業の見直しに至ったそうですが、傷はデブリを触ってしまったことでできた可能性があります。いずれにしても「命がけの船外活動」の様子が伝わって来ました。
今回、野口さんはアメリカ・スペースXの新型宇宙船「クルードラゴン」に搭乗しました。そのときの様子はこれまでも小欄でお伝えしていますが、野口さんは改めて時代の変化を感慨深く語りました。
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畑中)クルードラゴンに乗って、いままでと違う可能性を感じましたか?
野口)クルードラゴンは「おいしいとこどり」で、スペースシャトルは再利用によってコストを下げ、大量輸送時代を開こうとしたのですが、残念ながら安全性の問題がありました。ソユーズは1回きりの使用で、極めて割り切った設計であり、その代わりに安全性は高く、コストも低い。スペースXは再利用もできてコストも低く、一方で最大7人まで行くし、大量輸送ができてなおかつ訓練が短くて済む。自立制御、自動運転みたいなものを取り入れて……そういうことができる時代になって来た。これまでは国家予算を使ってやって来たのですが、テスラにしろアマゾンにしろ、小さな国の国家予算を超えるぐらいの潤沢なファイナンス能力を持った会社が、「次は宇宙だ」ということで大量に投資してやっているわけだから。本当にそういう時代が来てしまったということです。
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2021年秋には、クルードラゴンによる民間人のみの宇宙飛行が予定されている他、ブルーオリジン、ヴァージン・ギャラクティックといった新たな民間企業が宇宙旅行の参入計画を進めています。両社は今月(7月)、相次いで有人飛行に成功しました。そういう時代になると、宇宙飛行士の役割も変わって来るのでしょう。
そのような夢の時代が到来する一方で、私が気になっているのは次世代の宇宙開発における世界情勢です。お伝えしているデブリの問題も、各国が協力して解決して行かなくてはいけないのですが、正直心もとない状況です。
月面探査についても、アメリカが掲げる「アルテミス計画」に中国やロシアが難色を示していると伝えられています。安全保障の軍事問題にも直結する宇宙開発を、宇宙飛行士としてどのように考えているのか聞きました。
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畑中)夢の部分が語られる一方で、安全保障の面も出ています。宇宙空間は平和利用であって欲しいのですが……。
野口)そもそも、アメリカと旧ソ連の冷戦構造のなかで発展して来たのが宇宙開発です。どちらの陣営が先に人工衛星を打ち上げるか、どちらが先に人を宇宙に送るか、どちらが月面に旗を立てるかで進んで来た部分は否めない。すべて最先端技術というのは、そういう形の要素があると思います。幸いにして、これまで国際協調の枠組みで進んで来た部分も結構あり、国際宇宙ステーションはそのいちばんの例だと思う。特にいま米中対立で中国をどうするか、どう組み込むかという意味では、われわれ素人が計り知れないような問題もあると思いますが、一方で技術的対話、平和利用に関する解決の糸口は、探り続ける必要があるのではないでしょうか。国防としての宇宙は大きな趨勢として、アメリカも宇宙軍をつくったし、国防としての宇宙というのは避けられないけれど、平和利用のプロジェクトは続けて行くべきでしょう。
畑中)宇宙飛行士としてできることは?
野口)宇宙という場が国家間の対立を超えて、次世代に教育的・啓発的な意味を持つと、それは宇宙大国だけでなく、宇宙に縁がない小さな国……発展途上国を含めて一緒に成長できる数少ない分野です。SDGsというものがありますが、持続可能な明るい社会をつくって行く目標の1つになり得るということを、アピールして行くことかなと思います。
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安全保障の問題はいまに始まったことではなく、確かに冷戦当時から始まっていたわけです。そうした歴史を受け止めながら、野口さんは冷静に現状を見つめていました。
一方、ここでSDGsという言葉が出て来たのは意外でした。「持続可能な社会をつくって行く目標の1つになり得る」……そこには大きな視野に立った意志を感じました。
今回のインタビューのもようは、ニッポン放送ポッドキャストステーション「報道記者レポート2021」でもお聴きいただけます。(了)
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