実況、解説、そして挨拶……オリンピックに見る「言葉」の新しい時代

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フリーアナウンサーの柿崎元子による、メディアとコミュニケーションを中心とするコラム「メディアリテラシー」。今回は、言葉の変化について---

東京五輪の開会式で入場行進を終え、競技場内で記念撮影する各国選手団=2021年7月23日、東京・国立競技場 写真提供:時事通信

五輪における言葉の変化?

リオデジャネイロオリンピックから5年が経ち、競技種目や選手の顔ぶれ、更新される記録など、今回の東京2020オリンピックではいくつか「変わったな」と感じることがあります。そして、アナウンサーの視点で競技を観戦するうちに、言葉やコミュニケーションの分野でも私は面白いことに気づきました。

スポーツの中継では、実況はスポーツアナウンサーが、解説はその競技に携わっていた元選手やコーチなどが行います。「ニッポン金メダル~!」という絶叫はお決まりになっていて、その声がひっくり返っていたり、かすれていたりするとヒートアップ具合がよくわかります。

メダル獲得の瞬間の実況は、のちに切り取ってニュースで使用したり、効果音として使うなど二次利用の可能性もあるため、実況アナウンサーの大舞台です。2004年のアテネオリンピックで刈屋富士雄アナウンサーが発した「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ」は、あまりにも有名です。体操男子団体クライマックス、冨田選手の手が鉄棒から離れる直前に出た名言でした。

「東京五輪」 サッカー男子1次L  日本―南アフリカ 後半、先制ゴールを決める久保建(右)=味の素スタジアム 2021年07月22日 写真提供:共同通信社

市民権を得た「やばい」

一方、解説者も今回はユニークなコメントが多く、SNS上を賑わしています。“自由すぎる”と言われたスケートボードの解説者、瀬尻さんは「すっげー」「やべー」「かっけー」など、いわゆる若者言葉を連発しました。

放送では聞いたことがないこれらの言葉は、私のなかでは表現の範疇ではありませんでした。誰でもわかる言葉ではない上に、不良っぽいイメージだからです。

しかし、五輪スポーツという品格のなかで、完全に払しょくされました。これらは全て“素晴らしい”の変形として、さらに「やばい」はポジティブな意味で使う言葉として、市民権を得たと感じました。

建物に描かれた東京五輪・パラリンピックのエンブレム=2021年6月2日午後、東京都目黒区 写真提供:共同通信社

声帯が振動しない音

プロスケートボーダーの瀬尻稜さんは、他にも放送では使わない「いいっすね」「よかったっすね」など、「っすね」という言葉も発していました。

正しくは「いいですね」「よかったですね」から、「で」を省略した形になります。これも若者言葉としてよく使われています。なぜ「で」に当たる「d」の音が消えるのでしょうか?

音声学的に、「だぢづでど」で表す言葉は、舌先と歯茎でつくり出す音です。口のなかで舌の位置を意識し、急いで動かさなければなりません。ですから「いいですね」と言うより、「いいっすね」の方が楽に発音できます。

また、「す」という音は声帯を振動させない無声音ですから、「で」を抜いてしまえば声帯を使わずに言葉を発することができます。のどを押さえて「いいですね」と「いいっすね」を比べてみてください。喉=声帯が振動していないことがわかります。「っすね」は声が疲れない省エネモードなのです。

※2021年7月24日撮影 撮影:ニッポン放送

思い描けるように例える技術

スポーツは一瞬の動きを言葉で伝えなければならないからこそ、楽に発話することは重要なポイントでしょう。同じようなことがフェンシングの中継でもありました。

解説はフェンシングの日本代表コーチ・山口徹さんです。剣先が体に触れるか触れないかの瞬間的な動きを、わかりやすく解説するのはかなりの労力と頭の回転を余儀なくされると思います。一瞬で説明しなければならない山口さんも、「いいっすね」と数回使っていました。

このように速い動きやペースで進む競技では、短く状態を伝えることがキーになります。また、パッと頭に思い描けるように伝える方法としては、“例える技術”があります。山口さんは他のスポーツに例えるのが上手いのです。フェンシングのルールを知らない人にとっては、メジャーなスポーツに置き換えてもらうと一気に理解が進みます。例えば、彼は次のように話しました。

「中継ぎのピッチャーなのに、エース級の役割をしています」

団体戦において、いま戦っている選手がいかに大事な役割なのかがわかります。また、追いつかれそうなフランスに対し、「マラソンで言うと後ろから足音が聞こえている状態」と表現しました。頭のなかに絵を描くだけでなく、音を使うとは驚愕でした。

さらに、山口さんは状態を二言で説明することにも長けていました。日本がエペ種目で金メダルを取った瞬間、「座っているのですけれど立ちくらみが……」とコメントし、ネットを賑わしました。その他にも一瞬で点数が入ることを「まばたき厳禁ですね」とか、あまりに速い展開なため、「はっきり言います。わかりません」と話し、瞬間的に判断が難しい状態を表わしました。

「歴史を変えるためにここにいる」や「ここぞというときに火を噴くアタック」などは、日本を応援する気持ちも表現に込めるという渾身の解説だと思います。そして私が特に感心したのは、ポイントが入るとマスクの点灯が緑になることを「スカイツリーのようですね」と表現したことです。周りが暗いところで行われるフェンシング競技の全体を絶妙に醸し出し、好きな表現となりました。

ニッポン放送「メディアリテラシー」

言葉が死んでいる

ところで、人前でスピーチをする際に原稿をそのまま読むスピーカーがいます。書き言葉は話し言葉とは違います。どうしても堅苦しい、難しい言葉を使いがちです。

言葉が羅列される状態では、内容は頭に入って来ません。心に響くわけもありません。言葉が死んでいるのです。「優れた先進的な技術やグローバルな経験値」という表現は、伝わって来るでしょうか。

そう言えば、オリンピックの開会式で「日本の皆さんに感謝と敬意を表します」と何度も話したIOC会長や、「国民の安心・安全を守ることが使命」と連呼した総理大臣は、原稿をそのまま読む人たちでした。「スッゲェ」と、短くても心が動く言葉を発した瀬尻さんや、魂が宿った表現を連発した山口さんのコメントが、「生きた言葉」と感じることに無理はありません。

コミュニケーションで大切なのは共感です。どんな言葉を使うのかではなく、どんな感情を聞き手に湧かせるかです。言葉は時代で変化し、そのことにより聴衆の心を動かす言葉も変わって行く。そして儀礼的な言葉や美辞麗句は、もはやいらないのだと感じたオリンピック観戦でした。(了)

連載情報

柿崎元子のメディアリテラシー

1万人にインタビューした話し方のプロがコミュニケーションのポイントを発信

著者:柿崎元子フリーアナウンサー
テレビ東京、NHKでキャスターを務めたあと、通信社ブルームバーグで企業経営者を中心にのべ1万人にインタビューした実績を持つ。また30年のアナウンサーの経験から、人によって話し方の苦手意識にはある種の法則があることを発見し、伝え方に悩む人向けにパーソナルレッスンやコンサルティングを行なっている。ニッポン放送では週1のニュースデスクを担当。明治学院大学社会学部講師、東京工芸大学芸術学部講師。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修士
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