大坂なおみ選手に気づかされた 誰も言わないメディア側の問題点
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フリーアナウンサーの柿崎元子による、メディアとコミュニケーションを中心とするコラム「メディアリテラシー」。今回は、誰も言わない“メディアの問題”について---
不安や緊張はメディアへの警告
大坂なおみ選手の全仏オープンテニスの会見拒否とうつ症状を告白したニュース。コミュニケーションの観点からとても重要な示唆あったと感じています。
6月1日に産経新聞に掲載されたツイッターの全文によると、次のように話しています。
---私はもともと人前で話すのが得意ではなく、世界のメディアに向けて話す前は大きな不安の波に襲われます。本当に緊張して、常に私にできる最良の答えを出そうとすることがストレスになっています。
~産経新聞 2021年6月1日記事『全仏オープン棄権しうつを告白 大坂なおみ選手のツイート全訳』より
これを受けて世界中で様々な意見が新聞やSNSを通して発信されました。私はメディア側として深刻にこのニュースを受け止めました。取材メディアへの警告なのではと感じたのです。SNSを通した情報が24時間365日大量にものすごいスピードで世界を駆け巡る現在、オールドメディアの立ち位置は次第に浸食されています。特にスピードに関しては完全に劣っています。どのようにしたら「ネットとの差別化を図ることができるのか」は大きな課題となっています。劣勢を補おうとする行動としてここ数年散見されるのは“言質を取る”手法です。会見の質疑応答でオールドメディアがとくダネを取ろうと、取材対象へ厳しい言葉を投げつけている姿が目立ちます。
言質を取る罠
大手銀行のATMでシステム障害がありました。会見では「障害が相次ぐ理由は、当該銀行特有の理由があるのでは?」と質問します。このような事故が起きた場合、理由を聞くのは取材側としては基本ですが、その聞き方が「メンテナンスを怠ったということですよね」「ゴルフに興じていて連絡が遅れたんですか」「また起きる可能性がありますよね」などと不快に思う言葉を意図的に浴びせています。一種の攻撃のように映るこの手法は“言質を取る”ためです。取材対象者を焦らせ、混乱させ「そ、そうかもしれません……」などと発言させようと、罠を仕掛けるのです。言葉に窮する様子を放送し、おどおどしている状況を「この態度は問題だ」と攻撃します。真摯に謝罪しようと会見を開いていても、「この失敗はおおごとだ」「あなたは国民の敵だ」と言わんばかりの雰囲気を作り出すことを意図的に行なっています。心理的に追い込む手法はいつからメインになってしまったのでしょうか。
これまで多くの記者会見に出席した元プロテニスプレーヤーの杉山愛さんは「タフな質問」と表現し、次のようにも語っています。
---私自身は質問からダメージを受けたという経験はあまりないが、自分が思った通りに伝わらなかったことによってショックを受けたことはある。「こういうことを言っているんじゃないけど、そういう風に伝わっちゃった」と。誘導的な質問や、使いたいところだけを使われてしまうというか、メディア側に都合のいいように伝わってしまったこともある。言ったことを丸々使ってもらえる尺や時間、文字数がないこともあるが、書き手や作り手の主観になってしまうケースもある。
~時事ドットコム 2021年6月1日掲載記事『杉山愛さん「良くないこと重なった」 大坂なおみ全仏オープン棄権に見解』より)
仕向ける質問や仕掛け
様々な疑問について本人に直接話を聞くことができる記者会見の場は、取材する側としては貴重な機会です。特にテレビやラジオでは、普通であれば発した瞬間に消えてしまう声や言葉を録音・録画することで何度も再生できます。これは国民の財産である電波を通して行われるため、取材対象者には常に尊敬の念をもって取材にあたる必要があると私は思っています。また、「報道は事実を曲げないこと」とした放送法第4条により、インタビューは可能な限り文脈通りに放送に乗せなければなりません。このような言わばメディア界の常識が忘れ去られているのでしょうか。それとも、放送法が及ばないネットの世界が常識化した影響なのでしょうか。言質をとるために仕向ける聞き方や仕掛けは次のようなものが考えられます。
・「きょうの試合でラケットをコートに叩きつけましたが、自分をコントロールできていないのではないですか。それともコントロールできた上での行為ですか」
---これは“二者択一方式”で、どちらかを選ぶように質問が構成されています。どちらをとっても批判されるように仕向けられます。「大坂選手が会見を拒絶したのは正しいですか、間違っていますか」と聞くのも同じ方式です。
・「もしオリンピックが開催されなかった場合、新型コロナウイルス対策は大失敗だったと言えるのではないでしょうか。」
---これは“ネガティブな仮定方式”です。オリパラが開催されなかったらと“仮定する”ことは“事実”ではありません。事実ではない質問に答えることで、開催されない事実を作ってしまうという仕掛けなのです。
記者の能力の後退
インターネットの比重が高まっている昨今、センセーショナルであればあるほどクリックする可能性は高くなります。また、ゴシップ的な話題には人々が群がります。一瞬のうちに伝達されることを狙って過激なコメントを取ろうとする動きになっている可能性もあります。
また、日本特有の事情として記者クラブ制度にも要因が隠れている気がします。例えば菅総理に関する情報は、新聞社、テレビ、ラジオともに官邸記者クラブを通してもらっています。逆に言えば記者クラブに入っていなければ情報をもらうことが難しい仕組みです。官邸記者クラブに詰めていることが仕事になり、自分の足で取材をすることが少なくなっている可能性はないでしょうか。情報の量に対して人員が足りないことも問題かもしれませんが、コミュニケーション能力を使わなくても情報が手に入る事態は危ういと思います。コミュニケーション能力は記者の最も重要な技術です。人と話をしなければ聞く能力は後退していきます。相手の気持ちを慮ることや、言葉通りではない言葉を手繰り寄せるために、さらに深く話を聞くことをやめてしまっている気がします。
かつてマスメディアは多くの人に影響を与えられる存在でした。今、その価値を見直し、自分たちが発信したメッセージがどう伝わっているのか、本当にニュースを考える材料になっているのか。その質問は結論ありきではないのか。振り返らなければならない時期に来たと思いました。そしてコミュニケーション能力が恐ろしいほどに落ちていることを自覚しなければならないと感じました。コミュニケーション能力不足という根本的なことで誰かを傷つけることがあっては日本人の名が廃る。そのことにも気づいてほしい…大坂選手から言われたような気がしました。 (了)
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連載情報
柿崎元子のメディアリテラシー
1万人にインタビューした話し方のプロがコミュニケーションのポイントを発信
著者:柿崎元子フリーアナウンサー
テレビ東京、NHKでキャスターを務めたあと、通信社ブルームバーグで企業経営者を中心にのべ1万人にインタビューした実績を持つ。また30年のアナウンサーの経験から、人によって話し方の苦手意識にはある種の法則があることを発見し、伝え方に悩む人向けにパーソナルレッスンやコンサルティングを行なっている。ニッポン放送では週1のニュースデスクを担当。明治学院大学社会学部講師、東京工芸大学芸術学部講師。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修士
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