「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
全国各地で温泉リゾートへ向かう列車が運行されています。多くは鉄道会社が行楽客を見込んで、眺望に優れた車両を投入したり、グレードの高い車内で軽食を提供するなど、さまざまな趣向をこらしています。そのなかで、7月13日、温泉宿の発案で、鉄道と温泉街がコラボした新しい列車「柑橘香る ゆずきち号」が、山口県で運行を始めました。今回は、駅弁の代わりに、初列車に乗車して提供されたスイーツを、“特別編”でお届けします。
「ゆずきち号」は、週末を中心に運行されている山陰本線の観光列車「○○のはなし」の車両とダイヤを使用して、新下関~下関~長門市間で運行されています。「ゆずきち」の愛称は、山口県オリジナルの柑橘「長門ゆずきち」にちなんだもの。新幹線と接続する新下関駅を発車したキハ47形気動車が、午前10時08分、下関駅に入線して来ました。「ゆずきち号」オリジナルの気動車らしいヘッドマークも掲げられて、旅心がくすぐられます。
「ゆずきち号」は「星野リゾート 界 長門」「JR西日本」「長門湯本温泉まち株式会社」の3社が、長門湯本温泉の滞在中だけでなく、移動中も非日常が体験できるように企画されたもの。この日を含め、まずは全4回の運行が計画され、旅行商品として販売されました。7月13日、下関駅で行われた出発セレモニーには、3社の関係者に加え、江原長門市長、前田下関市長も参加して、「ゆずきち」のキャップをかぶり、運行の開始を祝いました。
下関駅を定刻通り、10時20分に発車した「ゆずきち号」。列車オリジナルの「ゆずきち」や「夏みかん」をブレンドしたオリジナルのオイルが使われ、車内にふんわり柑橘の香りが漂います。長門市行の車内サービスの目玉は、「オリジナルの器で楽しむアフタヌーンティー」と「好みの茶葉のオリジナルブレンド」です。紅茶は「静岡牧之原・べにふうき紅茶+ウバ+レモンマートル」のブレンド、緑茶は「八女産かりがね茶+煎茶+玉緑茶+ゆず」のブレンドをベースに、自分の好みでローズヒップ、オレンジピール、ジンジャーをアクセントブレンドすることができます。
萩市在住の陶芸家・金子司さんが「ゆずきち号」のために製作したというオリジナルの器で、自分だけの「お茶」を楽しむことができる何とも贅沢なひととき。茶器が新たに作られた理由は、列車の揺れに耐えられるよう、重心を下にしたり、滑りにくい加工を施す必要があったためだそう。入念なテストを重ね、お茶に適した心地よい温かさのお湯とともに、優雅なティータイムを演出していただけるのは本当に有難いことです。
ゆずきちのキャップをかぶったアテンダントさんがスイーツを座席へ持って来てくれました。アテンダントを担当されているのは、長門湯本温泉の「星野リゾート 界 長門」と「大谷山荘」の皆さんです。通常の「○○のはなし」でも行われているビューポイントでの徐行運転や一時停車は「ゆずきち号」でも健在。スタッフの方が絶景ポイントの通過予定時刻を教えて下さったので、いただくのをちょっぴり我慢して“海待ち”することにしました。
【おしながき】
・ミニ塩ロール
・棚田米ビスコッティ ゆずきち
・ゆずきちフロランタン
・ゆずきちマカロン
・ゆずきちクッキー
・棚田米ゆずきち ダックワーズ
・長門ゆずきち くじら唄(最中)
・ゆずきちフィナンシェ
・萩夏みかんオランジェット
捕鯨基地・仙崎をはじめとした長門市や萩市のお店で作られた自慢のスイーツ。多くのお菓子に柑橘「長門ゆずきち」や山口県の名産「夏みかん」が使われており、甘さとサッパリとした酸味のバランスが心地よく感じられます。なお、アフタヌーンティーが楽しめるのは、長門市行の上り列車のみ。長門市発で運行される下り列車では、ゆずきちを使ったスイーツボックス、ドリンクの提供が行われる他、オリジナルの器の車内販売もあるということです。
海の底まで見えるくらい透き通った日本海とのどかな田園風景を眺めながら、下関から約2時間。「柑橘香る ゆずきち号」は定刻通り12時16分、長門市駅に到着しました。横断幕を掲げた地元の皆さんの歓迎を受けながら、懐かしい気動車が停車するホームに降り立ちます。普段、鉄道旅をあまりしたことがない方でも楽しめる、程よい乗車時間です。ここからは、迎えのタクシーで、長門湯本温泉「星野リゾート 界 長門」を目指します。
江戸時代、歴代長州藩主もたびたび湯治に訪れていたという長門湯本温泉。音信川(おとずれがわ)沿いに温泉街が広がります。その一角に長門湯本温泉観光まちづくり計画の一環として、令和2(2020)年3月12日に開業したのが「星野リゾート 界 長門」です。
温泉や宿泊施設の“再生”で知られる星野リゾートには、いくつかのブランドがあります。なかでも、地域や季節ならではのおもてなしにこだわった温泉旅館のブランドが「界」です。
敷地内は武家文化を体現した「藩主の御茶屋屋敷」がテーマとなっています。客室には、山口県の伝統工芸である萩焼や徳地和紙、大内塗、萩ガラスなどがあしらわれています。なかには、露天風呂が付いた特別室もあり、注がれるのは、長門市有3号泉と1号泉の混合泉。源泉温度31.0℃、ph9.9、成分総計0.1754g/kgのアルカリ性単純温泉で、入浴に適した温度に加温されています。もちろん、大浴場には源泉かけ流しの浴槽もあります。
長門湯本温泉では「長門湯本温泉まち株式会社」が設立され、「星野リゾート 界 長門」とともに、温泉街の再生が行われています。温泉街のシンボル「恩湯(おんとう)」も地域の皆さんの手でリニューアルされました。浴槽の奥にある岩盤が源泉で、目の前で湧出したお湯がそのまま湯だまりに集められ、浴槽に注がれます。また浴槽直下に別源泉があり、足元からスーッと湧き上がるお湯も、湯の香とともに楽しめる素晴らしい共同浴場です。
「星野リゾート 界 長門」の三保総支配人によると、「柑橘香る ゆずきち号」の運行は、星野リゾート側の提案から始まったプロジェクトだそう。当初は長門湯本の温泉街を走るJR美祢線の活用を考えていたそうですが、集客をはじめさまざまな観点から、今回は通常の「○○のはなし」を活用した新下関~長門市間の運行になったと言います。確かに山陰本線でもとくに日本海が美しい区間を満喫すれば、リゾート気分も一気に高まりますね。
「星野リゾート 界 長門」の開業に際しては、山陽新幹線・厚狭駅における「こだま」と、チェックイン時間帯の美祢線との接続時間を改善するなど、星野リゾートとJR西日本は少しずつ協力関係を深めていると言います。これに温泉街のまちづくりを担うメンバーが加わることで、観光列車に留まらない、鉄道と温泉と宿が一体となった地域の“再生”が期待されます。全国の厳しいローカル線の再生につながる“ヒント”も隠れていると感じる「柑橘香る ゆずきち号」。まずは爽やかな柑橘の香りとともにゆったりとした時間を感じて、頭をやわらかくしてみませんか?
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連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/