説明力がみるみる上がる「言葉の使い方」

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フリーアナウンサーの柿崎元子による、メディアとコミュニケーションを中心とするコラム「メディアリテラシー」。今回は、「例えること」について---

説明力がみるみる上がる「言葉の使い方」

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テレビが「硫酸男」と表現した意味

今月(8月)24日夜、東京メトロ白金高輪駅で男に液体をかけられ、会社員がやけどを負った傷害事件。男はその後、沖縄で身柄を拘束されましたが、事件翌日からメディアでは“硫酸男”として報道されました。被害者にかけた液体が硫酸だったからです。

テレビが情報をセンセーショナルに扱う傾向にあることを理解した上で、“硫酸男”とした意味を考えてみます。

まず、事件を知らない人にも「硫酸を使用したらしい」ことは想像できます。劇薬ですから、それだけで衝撃的です。また、3文字たらずの短い単語なので、字幕のタイトルに使いやすいとも言えます。

そしてこの短さと響きは、情報を受け取った人の記憶に残りやすく、詳細を説明する手間と時間が省けます。いかに簡単に事件を説明し、人々の関心を集めるか。こうした言わば標語としての言葉づくりに、テレビ・メディアは長けているのです。

そういえば、元メディアの小池知事は標語づくりが上手でした。言葉を強調する話し方も身につけられているので、他の行政長と比較しても群を抜いていると言えるでしょう。

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メディアの言葉の使い方

印象に残る短い言葉をどうつくるか……これはなかなか大変な作業です。私が実行している方法をお話しします。

まず、伝えたい文章を究極的に短くします。「主語と述語にする」と言った方がわかりやすいかも知れません。例えば、「コロナに感染している人が大変増えている」という文章なら、「感染者が増えている」とします。

次に名詞を取り出し、体言止めにします。「感染者」と「増加」という感じです。そして「増加」を少しセンセーショナルに言い換えます。例えば「爆発的増加」などです。

あとは語呂が合うように“感染爆発”などと、四字熟語的に変化させます。2019年に金融庁が高齢化社会の資産管理に関する報告書を公表した際には、“老後資金2000万円問題”とメディアが報じました。

これは「国民の老後の資金が2000万円不足する」という単純な話ではなく、年齢やライフスタイル、経済環境も含め、さまざまな条件を付けた上での平均の不足額であり、決めつけられるものではありませんでした。しかし、当時はメディアが“老後2000万円問題”とセンセーショナルに取り上げたことで、言葉が独り歩きをしてしまいました。

ここで私が強調したいのは、間違った意味で伝わるので気を付けようということではなく、むしろ短くまとめた標語的な言葉をうまく扱ってはどうかという視点です。

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短い単語と比喩表現の組み合わせ

ところで、説明力をアップさせるために効果的な表現として、「例える」ことが挙げられます。例えるものと例えられるものの間には共通点があって、両方の関係が意外であればあるほど、説得力が増すということです。

「大どんでん返し」を野球の「ツーアウト、ランナーなしからのホームラン」と表現すると、絶体絶命の状況とともに興奮が伝わります。また、グルメリポーターが海鮮丼を「海の宝石箱」とコメントしたことは、一瞬でのビジュアル化と、貴重さを表わすことができました。

次に、短い言葉を比喩的に組み合わせて行く、渾身の表現を新聞の見出しで見てみましょう。

『「市場のクジラ」GPIF、日本株は満腹』

~『日本経済新聞』2018年7月7日配信記事 より

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「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」は、およそ160兆円の公的年金を運用し、当時は、市場に突然現れて幅広い銘柄を一気に買うところから、株式市場で「クジラ」と呼ばれていました。この記事では、次のように例えています。

『市場のクジラ、ほぼおなかいっぱいです――。約160兆円の公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)で2017年度末、国内株の運用比率が初めて25%の目安を超えた』

~『日本経済新聞』2018年7月7日配信記事 より

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そして満腹になったクジラが、食べ物を選び始めてグルメになったと伝えていました。経済や金融の記事は瞬間的には理解が難しいですが、このような比喩表現にすれば、「何だろう?」と目に留まりやすくなります。

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比喩の効果は絶大

雑誌は短い単語の宝庫です。東洋経済は8月28日号で『物流頂上決戦』とした特集を組みました。コロナ禍でネットを通じた荷物が増加しているなかで、アマゾンが自社でドライバーを囲い込み、「脱ヤマト」に舵を切ったというのです。そして、

『アマゾンと対決する小売企業も自前化路線に転換、物流業界は群雄割拠の時代を迎えている』

~『週刊東洋経済プラス』2021年8月20日配信記事(2021年8月28日号) より

……と伝えました。ヤマト、佐川急便、日本郵便の宅配3社と、自前配送を始めている小売業、個人ドライバーなどの競争が激しくなっているというのです。

特集では、いわゆるメディアが好きな短い言葉が散りばめられていました。「ヤマト外し」「宅配クライシス」「アマゾン特需」などです。

それぞれの言葉は単独では意味が汲み取れないものもありますが、非常に考えられていて、「ヤマト外し」の響き自体が緊迫感を持っています。このような比喩的な言葉を、ちょっと使ってみようかなと思いませんか?

「宅配クライシス」は説明が必要かも知れません。もちろん狙いすぎてすべったりすることもあります。それでも私は、比喩造語にチャレンジする意味があると思います。エリアが狭くなればなるほど効果を発揮しますので、自分のコミュニケーションエリアを意識して、そのなかで通じる言葉を組み合わせればよいと思います。

私も得意な方ではないのですが、いつも言葉を短くできないか、短くしたものを何かに例えることはできないかと考えています。自分の目にした標語や見出し、印象に残った例えの表現をメモしておくのもよいでしょう。

先日、あるIT企業の社長が、わかりやすく話すにはどうしたらよいか悩まれていました。私は「何かに例えることは本当に説得力を強めますよ」と提案しました。すると、すぐに以下のように返答されました。

「あらゆるお客様のニーズに合わせて、最適なサービスを提供できることが我々の強みです。例えばあなたが料理教室に行くとしたら、“さまざまな料理を教えます”というよりも、“お好きなメニューを3つ教えます”という方が気になりませんか? 私たちのサービスは、“お客様の希望に沿ってプログラムを構築する”ということなのです」

なるほど、その調子です。“お客様の前では金メダルを狙ってください。” (了)

連載情報

柿崎元子のメディアリテラシー

1万人にインタビューした話し方のプロがコミュニケーションのポイントを発信

著者:柿崎元子フリーアナウンサー
テレビ東京、NHKでキャスターを務めたあと、通信社ブルームバーグで企業経営者を中心にのべ1万人にインタビューした実績を持つ。また30年のアナウンサーの経験から、人によって話し方の苦手意識にはある種の法則があることを発見し、伝え方に悩む人向けにパーソナルレッスンやコンサルティングを行なっている。ニッポン放送では週1のニュースデスクを担当。明治学院大学社会学部講師、東京工芸大学芸術学部講師。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修士
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