それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
今回ご紹介するのは、東武東上線・中板橋駅南口から歩いて2分ほどのネパール料理店です。お店の名前は「だいすき日本」。バラエティ番組の食レポなどでも、ちょくちょく紹介されるお店です。
オーナーシェフのプラダハン・ビカスさんは、55歳。ネパールの首都・カトマンズで生まれました。10代のころはペンションでアルバイトをしていて、毎日のように空港へお客さんを迎えに行ったり、お見送りをしていたそうです。
「ビカス、きょうは買い物に行くから付き合ってくれる?」と、お客さんに頼まれて街を案内したり……特に日本人のお客さんに可愛がってもらったのだとか。
「くうこうに みおくりにいくと にほんじんは、いつまでも いつまでも ちいさくなっても てをふって バイバイしてくれる。だから いつも いつも ぼく ないちゃうんだ。なんで ないちゃうのかな? とかんがえて ああ、ぼくは にほんじんが すきなんだ とおもったね」
ビカスさんは、すべて「ひらがな」で日本語を覚えています。
そんなビカスさんが日本にやって来たのは、27年前の1995年。新宿や六本木のイタリア料理店、フレンチのお店、結婚式場などで働き、料理づくりに興味を覚えます。
ビカスさんが、まかない料理をつくって仲間にふるまうと、みんなが「うまい、うまい!」と平らげます。「美味しい」と言われると嬉しくなって、もっと美味しいものをつくる。ビカスさんの味の原点は、母親の手料理でした。
素朴なお袋の味にチーズやバターを加え、ひと工夫した「まかない」が評判になり、「資金を出すから、お店をやってみないか?」と声がかかります。店を出すことは「夢のまた夢」だと思っていたビカスさん。みんなから応援されて、2010年に「だいすき日本」をオープンしました。
ところが、お客さんは1日に2~3人。まったくお客さんが来ません。暇を持て余したビカスさんは、友人に向けてツイッターでこうつぶやきます。
「ごめんなさい きようも おきやきさん きませんでした やられたね」(原文ママ)
この「やられたね」は、「がっかり」や「残念」といった意味だそうです。他にも嬉しいときや、笑ってしまったときなども「やられたね!」と使います。ビカスさんにとって、便利な日本語なのですね。
「やられたね」とツイートした翌日、ランチに8人のお客さんが食べに来ました。さらに、開店前にもお客さんが並ぶようになります。1日2~3人しか来なかった店に20人が来て、「まじびっくり!」と驚いたというビカスさん。倍々にお客さんが増えて行って、いちばん多い日は、何と300人も来店したそうです。店内は満席で、外は長蛇の列でした。
困って嘆いた、例の「やられたね」というツイートがバズったためでした。ネット上で「悲しすぎるツイートの店」と話題になり、「ビカスさんに会いたい」という方々が、全国から食べに来るようになりました。
その後、念願だったステーキ店をオープン。お店の規模を拡大し、従業員も増えて行きますが、人間関係や経営について頭を痛めることも……。そして、ついに「仲よく仕事ができないのなら、お店をやめよう」と閉店を決意します。
しかし、自分のことを応援してくれるお客さんがいました。そのことをツイッターで知ったビカスさんは2018年、現在の場所でお店を再開します。この2年間、コロナ禍で開店休業のときもありました。テイクアウトのお弁当や、人気の「カレー肉まん」など通販メニューも増やして、どうにかお店を維持して来ました。
去年(2021年)10月、ビカスさんはこの機会に「大好きな日本各地の土を踏んでみよう」と思い立ちます。奥さんと2人で車に乗り、北から47都道府県の旅が始まりました。
「おみせに たべにきてくれた おきゃくさんに あうことができたよ。おれいに カレーをつくってあげたら とても よろこんでくれたね」
ビカスさんは大好きな日本を旅行することで、日本の風景の美しさを改めて感じたそうです。
「ネパールは うみがないよ にほんのうみは すばらしいね。にほんじんは にほんが すばらしいのに がいこくに なぜいきたがるの。にほんじんは もっと にほんを だいすきにならないと いけないよ」
思わず「やられたね」と言ってしまいそうになる、ビカスさんの言葉でした。
■ネパール料理店「だいすき日本」
住所:東京都板橋区仲町37-7 古内ビル1階
電話:03-4285-6127
時間:ランチ 11:00~15:00/ディナー 17:00~22:00
定休日:火曜日
■公式Twitter
https://twitter.com/daisuki_vikas
※不定休日など、Twitterで情報をご確認ください。
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