東京外国語大学教授で国際政治学者の篠田英朗が6月30日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。ヨーロッパにおける新たな連合体「欧州政治共同体」について解説した。
EU、新たな連合体「欧州政治共同体」創設を初協議
6月23日にブリュッセルで開かれた欧州連合(EU)の首脳会議で、フランスが提唱した新たな連合体「欧州政治共同体」について初めて意見を交換し、創設に向けた協議を続けることで合意した。EU加盟候補国の認定が決まったウクライナの加盟実現前に、EUに加盟していないヨーロッパの国々との連携強化を図る狙いがある。
飯田)ウクライナとモルドバの加盟候補国認定が大きく報じられましたが、その一方で、「欧州政治共同体」が調整されています。これはどのような役割になるのでしょうか?
篠田)単純に申し上げると、EUはもともと経済の共同体で、共通市場を推進するという大きな役割を持っています。そして、NATOは軍事同盟としての性格が中核です。そうすると、経済から軍事の間までの調整を行い、そのなかで政治について話してきたのですが、いろいろとギャップが出てきています。
飯田)経済から軍事のなかでの調整において。
篠田)政治であれば、「ウクライナのことを心配してくれ」と言われれば心配するわけですが、経済と一緒にやるとなると、いろいろと技術的な要件が関わってきます。平等というわけにはいかず、すぐに入ってくれというわけにもいきません。軍事同盟も同様で、政治的には関心を持っている仲間だとは言いつつも、細かい技術的なものを見ると、明日にも入ってくれというわけにもいかない。
飯田)細かく見ると。
篠田)そのなかで政治調整をかけていかなければいけないし、政治的な話し合いもしなければいけない。事実上の仲間としてパートナーシップの関係があるということを、どのように表現していけばいいのかというときに、「新しい枠組みをつくろうか」となるのは自然な流れではないでしょうか。
ヨーロッパ全体の政治的な共通意識を培っていく枠組みとしての「欧州政治共同体」
飯田)話し合いの受け皿のようなものを、これでつくっていくというイメージなのでしょうか?
篠田)世界は大きく米中対立の時代に入ったと言いながらも、ヨーロッパの地域で見るならば、NATOやEUを中心としたヨーロッパの中核的な部分の求心力が大きいので、みんな仲間になりたいのです。
飯田)ヨーロッパの地域のなかでは。
篠田)ロシアとヨーロッパという区分けで、日本人は東と西というような言い方をまだ残していますが、もうロシアは端の方に外れていて、ヨーロッパ全体が「ロシアを脅威」と認識して仲間になる。この文脈で言えば、EU、NATOの加盟国、「ウクライナも仲間だ」と考える時代に入ったわけですが、条件を見ると、多少時間をかけなければ同じ条件で同じメンバーというわけにはいかない。
飯田)条件を見ると。
篠田)そのようななかで、「政治調整をかける枠組みをつくる」ということになり、ヨーロッパ全体の政治的な共通意識を培っていく枠組みとして、これから大きく育っていく可能性があると思います。
欧州政治共同体が価値の共同体としての側面を政治的な部分で担っていく可能性はある
飯田)ロシアのウクライナ侵略について、この先、出口をどうするのかという話も出てきました。そのときにも、欧州政治共同体が役割を果たす可能性はあるのでしょうか?
篠田)「価値の共同体」ということでは、NATOの軍事同盟の中核には価値部分があります。EUも共通市場、経済問題が重要だと言いつつ、結局そのような同盟関係を持っているのは、価値の共同体としての側面があるからです。
飯田)価値の共同体としての。
篠田)しかし、ウクライナはその価値の共同体に入りたくて、みんなからも認められているのに、EUにもNATOにも入れていない。それはおかしいではないかと言われれば、確かにそうなのです。そんななかで、欧州政治共同体が価値の共同体としての側面を、政治的な部分で担っていく可能性はあると思います。
大きく育つ潜在力がある欧州政治共同体
飯田)EUは、もともとEC、EECという歴史があったわけですが、これがEUになったときに経済が先行して、政治の部分は各国の主権がまだ残っている状態です。ここが経済問題を話すときには足枷となり、なかなかうまくいかないという部分があって、「最後は政治が課題だ」と言われてきました。今回のウクライナにおける危機が、いろいろな価値観を変えていくようなところもありますよね。
篠田)ウクライナの場合は、冷戦のあとソ連から飛び出してきたような共和国です。ロシアではないけれど、もともとはソ連にいた国という言い方で、中間的な位置付けが与えられていました。
飯田)中間的な位置付けとして。
篠田)これは地政学の用語で緩衝国家と言い、ヨーロッパとロシアの間にあるゾーン(地帯)という認識でした。しかし、今回の一連の事態のなかで、キーウの中央政権が担っている部分は、明らかにヨーロッパ側に入ってきた。
飯田)ヨーロッパ側に。
篠田)自分たちも「入りたい」とはっきり表明していますし、ヨーロッパ側もロシアに対抗して、「どうぞ我々の仲間になってロシアに対抗しよう」と表明しています。それをある種の制度的な枠組みで安定的に運用していきたいと、ヨーロッパ人やウクライナ人も含めて考えるのは、とても自然なことです。その政治的な協議の場として、これから政治共同体というものが大きく育っていく潜在力があるということだと思います。
ロシアとウクライナの出口 ~「正義か停戦か」という単純な話ではない
飯田)そんななかで、ロシアとウクライナの状況において妥協点を見出すことに対し、ヘンリー・キッシンジャーさんなど、いろいろな有識者の方も発言しています。これからどのような方向に進むと思いますか?
篠田)キッシンジャーさんはお年を召されていますが、含蓄のあることをおっしゃっています。しかし、ある部分を切り取り、単純化されて報道されているところがあります。単純化された見方というのは、正義のウクライナとロシアにお土産を持っていき、和平合意をしたらどうかという見方です。
飯田)土産を持って。
篠田)実際には、国際規範をすべて忘れて停戦するわけにもいきません。他方、正義を追求して、人類が滅亡してもいいから戦争を続けようというわけにもいかないことは自明です。どこかで何らかの枠組みをつくり、それを安定させるためにはどうすればいいのかを考えなければいけない。
さまざまな協議の場が必要
篠田)そのときには、正当性や秩序の観念を忘れるわけにはいかないのですが、ロシアが消えるわけではないので、ロシアを含めた安定的な秩序、均衡性がどうなるのかを計算に入れた秩序感を見出していかなければいけません。これは簡単ではありません。「正義か停戦か」という単純な話ではない。そのようななかで、いろいろな協議の場、制度や枠組みを柔軟かつ創造的に運用していく。つらいかも知れませんが、絶対に必要な作業がこれから待っているということだと思います。
正義や平和、正当性や均衡ということをすべて総合的に考え、何十年もかけて秩序をつくらなければならない
飯田)篠田さんは平和構築について、アフリカなどいろいろなところで、紛争状態であるところから平和をつくり出すという一連のプロセスをご覧になってきていると思います。ウクライナ侵攻における現在の段階は、とば口に立ったばかりのようなものなのでしょうか?
篠田)これから何十年と続くようなプロセスが待っていると思います。
飯田)何十年もですか。
篠田)冷戦が終わってからの30年間もそのようなプロセスでしたし、2014年以降、東部の局地的な戦争でしたが、ウクライナはずっと戦争をやっています。いままでも何度もやってきていますし、これから少なくとも数十年とかけて、平和構築と呼ばれるプロセスが待っていることはやむを得ない、というか必然ですね。
飯田)平和構築に。
篠田)そのなかで、正義か平和かという単純な問いを繰り返し、お前は正義派だ、お前は平和派だということを言っても生産性がなく、百害あって一利なしです。キッシンジャーさんは正当性と均衡の両方を、どのように上手く取り入れていくかということを語っているのです。「ロシア派だ」というようなことをキッシンジャーさんのような人に言うのは間違いですし、そのようなことを言って物事を単純化し、先導的な言説に走らせている人に騙されてはいけません。
飯田)そんな単純なものではない。
篠田)正義や平和、正当性や均衡、このようなことをすべて総合的に考えて、何十年もかけて秩序をつくっていくような作業があることは必然なのです。そこから目を背けて「どちら派だ」と言っていても仕方がないのですが、なかには煽っているような方もいるので、そこは引き続き気を付けなければいけないと思います。キッシンジャーさんの言っていることも、そのように含蓄のあることとしてきちんと受け止めるべきです。
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