幻の伊勢海老駅弁「波の伊八弁当」に託した、作り手の思いとは?
公開: 更新:
「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
昭和4(1929)年創業、千葉県随一の歴史ある駅弁屋さん、安房鴨川駅の「南総軒」。南総軒には完全予約制で5個から購入可能な“幻の駅弁”「波の伊八弁当」があります。この駅弁は、房総の名物・伊勢海老が半身入った、全国の駅弁でもとくに豪華な駅弁。いったい、この駅弁はどんな人が買っているのか、そして、この駅弁に込められた思いとは。駅弁づくりのこだわりと合わせて、ご紹介いたします。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第36弾・南総軒編(第5回/全5回)
千葉・鴨川の田んぼのなかを、東京からの特急「わかしお」が終着・安房鴨川に向けて、ラストスパートに入ります。3万人あまりの人たちが暮らす鴨川市は、サーフィンや魚介をはじめとした、「海」のイメージが強いもの。でも、鴨川の内陸部には、東京からいちばん近い棚田として知られる大山千枚田があり、鴨川の周辺で作られる米は、ブランド米の1つ「長狭米」として出荷されています。
千葉有数の米どころ・鴨川の駅弁屋さん、昭和4(1929)年創業の「南総軒」は、駅弁の基本・米に対して、どのようなこだわりがあるのか、そして、魚介類をはじめとした食材の調達には、どのようなご苦労があるのか。さらには、ニッポンの駅弁の今後、房総の鉄道文化の未来まで、4代目・越後貫薫夫会長のインタビュー、いよいよ完結編です。
●地の利を活かして、鴨川の米・千葉の魚を駅弁に!
―南総軒の駅弁は、どんなお米を使っていますか?
越後貫:妻の実家が鴨川市内の農家なんです。そこから、長狭米コシヒカリを仕入れて使っています。ご飯はガスの丸釜で炊いています。また最近、鴨川では、福島から新しい品種「五百川」のモミを仕入れ、(温暖な気候を生かし)早場米として作付けし、通常より1ヵ月早く収穫できるようにして、観光客向けにひと足早く「新米」を出す取り組みもしています。このお米を駅弁に使用することもあります。
―魚介系の駅弁が多いですが、仕入れはどのようにしていますか?
越後貫:さんが焼きのワラサ(ブリの子ども)は、地元・鴨川に揚がった魚を使っています。獲れたてを仕入れ、その日のうちにさばいて、味噌でたたきます。味噌漬けにすると保存も利くんです。千葉の他の駅弁屋さんも、「さんが焼き」はやりたかったと思いますが、魚の鮮度がカギなので、難しくて商品化できていません。これは、鴨川の地の利ですね。あわびも地元産を使っていましたが、いまは価格があまりに高く、輸入ものに頼っています。
●伝統の味を守りながら、地元の食材を「駅弁」で届けたい!
―駅弁づくりでいちばん大事なことは何ですか?
越後貫:最初に作った駅弁の味を守ることだと思います。材料費の高騰で、味を落としてしまう業者もありますが、それはやってはいけないと考えています。そして、地元の食材を、いかに「駅弁」として仕上げるかという努力が大事です。私は料理に造詣が深くはありませんでしたが、注目される駅弁を作る意識は持っていました。いまは都内の中華料理店で修業した息子に経営を任せましたので、これからどんな駅弁を創作していくか楽しみです。
―創作という意味では、「波の伊八弁当」はユニークですね。
越後貫:この弁当を開発した際は地元の食材を食べ歩きました。大原(いすみ市)でいただいた伊勢海老と蛸が商品化のきっかけです。合わせて、鴨川には江戸時代、波の伊八と呼ばれた彫刻家がいて、町おこしに活かす取り組みをしていました。そこで、伊勢海老と伊八の「伊」、たこの「八」本足をかけて、「波の伊八弁当」(2000円)と銘打って発売し、2016年のファベックス駅弁・空弁グランプリでは、金賞を受賞することができました。
●房総の伊勢海老とたこの良さを伝えるために!
―掛け紙もこだわりのデザインですよね。
越後貫:「波の伊八弁当」の掛け紙には、初代伊八の代表作「波に宝珠」を使うことを、この彫刻を所有しているいすみ市の行元寺(ぎょうがんじ)さんに快諾していただきました。「波に宝珠」という彫刻は、のちに葛飾北斎が描いた名作「神奈川沖浪裏」に強い影響を与えたと考えられています。
【おしながき】
・伊勢海老ご飯
・たこめし 枝豆 生姜
・さんが焼き
・ひじき煮
・煮物(椎茸、人参、里芋)
・しば漬け
―「波の伊八弁当」、どのようにすれば買えますか?
越後貫:「波の伊八弁当」は、完全予約制で原則「5個」からとさせていただいています。ただ、伊勢海老を半身使っていますので偶数個でご注文いただけると、なお有難いです。現状、大きな病院の方と製薬会社さんの方が会食される際などにご用命いただくことが多いですが、じつは多くの方に房総の伊勢海老を召し上がって欲しいという願いを込めた駅弁です。より多くの方にお求めいただけると、(大鍋で調理することができますので、)伊勢海老はよりうま味が増して、美味しく味わえます。
●外房の海を眺めて、房総の味覚が詰まった駅弁を!
―越後貫会長お薦め、「南総軒」の駅弁を美味しく味わえる車窓は?
越後貫:やはり、海を見ながら召し上がっていただくのが美味しいと思います。ぜひ、安房鴨川から50周年を迎えた特急「わかしお」に乗っていただいて、外房の海を眺めて駅弁を味わっていただきたいですね。外房線はトンネルも多いですが、安房鴨川から次の安房天津にかけて、そして鵜原から勝浦・御宿にかけては、割合、海が見えると思います。
―鉄道150年、駅弁屋さんとして、これからどう盛り上げていきたいですか?
越後貫:地域の宝を見つけてしっかり守りながら、“力のある駅弁”を作っていきたいです。例えば、房総では「ひじき」は日本一と言ってもいい品質のひじきが獲れます。駅弁にも必ずそういったものを入れて、ご当地性を打ち出していく。実際、「南総軒」の駅弁には、ひじきの煮物を入れています。その上で、物語性を持ったり、ときには自家製にこだわった駅弁を作ることが、お客様の心にも届くのではないかと思います。
現在、安房鴨川駅における駅弁の販売は、週末のNEWDAYSのみとなっていますが、「南総軒」(電話:04-7092-4651)に直接予約をすれば、週末以外の日も購入可能です。名物の「さんが焼き弁当」や人気の「さんが焼きおにぎりサンド」に使われるさんが焼きも、1枚1枚丁寧に手作りされています。その意味では、古き良き駅弁屋さんのスタイルが、千葉・鴨川には、令和のいまもしっかり息づいています。
海上交通が主流だった房総半島に、昭和初期、陸上交通という新たな道を開いた鉄道。その房総の鉄道に50年前、特急「さざなみ」「わかしお」は、東京駅直結という新たな魅力をもたらし、東京都心からゆったり2時間で豊かな自然に出逢える旅を実現しました。千葉の美味しい米、酒、魚を味わいながら、雄大な太平洋と緩やかな山並みに癒されに、改めていま、房総特急の旅を楽しんでみませんか。
この記事の画像(全10枚)
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/