それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
東京・墨田区の錦糸町駅から、東京スカイツリーを正面に見上げつつ歩くこと10分。建ち並ぶビルやマンションの間に、古民家風の喫茶店があります。お店の名前は「すみだ珈琲」。自家焙煎のコーヒーを、伝統工芸品の江戸切子でいただくことができる人気のお店です。
ご主人の廣田英朗さんは、1973年生まれの49歳。若いころ、「無印良品」の飲食部門の立ち上げに携わったことをきっかけに、自分の飲食店を持ちたいと考えるようになりました。そんなとき、世田谷の「堀口珈琲」でエチオピアの豆・ミスティバレーを使ったコーヒーに出逢います。
「まるで桃のジュースのような味……こんなコーヒーがあるんだ。自分も、こんな美味しいコーヒーを出すことができるお店を持ちたい!」
廣田さんは会社を辞め、「堀口珈琲」で1年半余り修業。墨田区で江戸切子をつくる会社を経営していたお父様の伝を辿って、2010年12月、いまの場所に「すみだ珈琲」を開店しました。
しかし喫茶店は、大手チェーンを含めて競争の激しい世界。お客様は1日10人ほど、1ヵ月で手元に入るお金は5万円程度の日々が続きます。開店から3ヵ月後には東日本大震災の強い揺れに襲われ、独自に開発した熱に耐えられる江戸切子のコーヒーカップは、その多くが粉々に砕け散りました。
それでも、貯えを切り崩しながら踏ん張った廣田さん。3年目に、5種類のコーヒーを飲み比べることができる「ドリップバッグ」がヒット。さらに、江戸切子の鮮やかなカップに注がれたコーヒーは「インスタ映えする」と評判になり、行列のできるコーヒーのお店となっていきました。2019年には、念願の2号店を錦糸町パルコに出店します。
錦糸町パルコの2号店では、個人のお店にはない新たな作業が加わりました。それは、ごみの細かい分別と、ごみの重さを量る作業です。
どのお店がどれだけのごみを出したのか、商業施設に報告しなければなりません。1日の営業終了後、ごみをまとめて「はかり」にのせた廣田さんは驚きました。
「豆をひいた『かす』だけで5キロ以上もある。多くのお客様にコーヒーを飲んでいただけるのはありがたいけれど……どうやってコーヒーのかすを減らしたらいいのだろうか?」
そんな折、廣田さんはコーヒー業界のイベントに参加します。出展したコーヒーを出すお店に注目が集まるなか、その片隅にほとんど人がいない肥料業者のブースを見つけました。聞けば、消臭効果の大きいコーヒーのかすと鶏糞を混ぜることで、栄養価の高い有機肥料をつくっていると言います。
「これだ……肥料にすれば5キロあまりのコーヒーのかすは、ごみにしないで活用できる!」
廣田さんを悩ませていた「すみだ珈琲」のコーヒーかすは、一部がペレット状の有機質肥料として生まれ変わるようになりました。いまでは「コーヒーから生まれた地球環境にやさしい有機質肥料」と銘打たれて、数々のコーヒー豆と一緒に「すみだ珈琲」のお店にも並んでいます。
まだ肥料を手に取ってくれるお客様は多くないそうですが、ガーデニングを楽しむ女性を中心に買ってくれる方も増えていて、手ごたえを感じています。地元の墨田区も、区内の公園や公共施設に植えられている木々などに、「すみだ珈琲」生まれの肥料を使ってくれるようになりました。
今年(2022年)5月、「すみだ珈琲」は墨田区の「SDGs宣言」を行いました。「2030年には、コーヒーを抽出する際に出る使用済みのコーヒーの廃棄量を50%削減する」のが目標です。
この目標に向けて、廣田さんは新しいチャレンジも始めたいと考えています。都内の他の喫茶店と連携しながら、コーヒー生まれの有機質肥料で野菜を育て、収穫した野菜を使ったサラダをお店で出すことです。
「いずれは東京中の喫茶店から、コーヒーかすを集めて有機肥料にしたいんです。その肥料を使ってつくる食材で、食事を出せるお店を増やしていきたい」
私たち1人1人が東京の喫茶店で楽しむ1杯のコーヒーから、新たな循環が生まれていく時代が、すぐそこまできています。
番組情報
眠い朝、辛い朝、元気な朝、、、、それぞれの気持ちをもって朝を迎える皆さん一人一人に その日一日を10%前向きになってもらえるように心がけているトークラジオ