踊り場にある日本の電動化……歴史ある車種の刷新から
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「報道部畑中デスクの独り言」(第309回)
ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、歴史ある車種の刷新について---
前回の小欄では、日本の自動車業界の1年を振り返りました。特に電動化、とりわけEV(電気自動車)化はいまだ踊り場にあるとお伝えしましたが、11月に発表された2つの新型車を見ると、その感を一層強くいたします。
11月16日、東京・高田馬場の貸ホール。ハイブリッド車(HV)の草分けであるトヨタ自動車の「プリウス」の新型がお披露目となりました。プリウスは1997年に発売された初代から数えて今回が5代目で、7年ぶりの全面改良となります。
初代のキャッチコピーは「21世紀に間に合いました」。カーボン・ニュートラルなどという言葉がまだ一般的でなかったころ、エンジンとバッテリーを組み合わせた革新的なクルマでした。カタログ燃費は当時、ほとんどのクルマがリッター10km台。20kmを超えるのは軽自動車ぐらいだったと記憶していますが、そんななか、29kmという数字は衝撃でした。
海外では環境への関心をアピールしようと、有名俳優がこぞって乗るという現象もありました。私も当時、試乗したことがありますが、アイドリングから低速はひたひたと静かに走り、時速40kmほどで「プルン」とエンジンがかかるのを何ともかわいく感じたものです。
THSと呼ばれるトヨタのハイブリッドシステムは、当時としてはハイテクの塊で、バブル期に発売された「初代セルシオ(現・レクサスLS)」とともに、初代プリウスでトヨタは技術的にも世界のトップランナーの地位を固めたと言って過言ではないと思います。いや、HVという技術に限れば、いまもその優位性は衰えていないかも知れません。「プリウスは21世紀のカローラになる」……そんな声も聞かれました。
しかし、あれから四半世紀。HVはトヨタのみならず、各メーカーからさまざまな車種が登場し、日本の自動車市場ではすっかり一般化しました。また、世界に目を向けると、前回の小欄でもお伝えした通り、市場の趨勢がEVへと流れています。そうしたなかで「エコカーの先駆け」がどう変貌するか、注目されました。
トヨタが出した結論は、今回もHVとPHV(プラグインハイブリッド)を維持するというものでした。EVにしなかったことについて、開発責任者の大矢賢樹さんは「いろいろな選択肢のあるなか、何を選択すべきか。HVの認知度もいただいている。あえてHVにこだわって開発した」と語ります。
発表会では豊田章男社長は出席せず、サイモン・ハンフリーズ・デザイン領域統括部長がプレゼンを務めました。すべて英語で、ステージの背景の横に日本語の字幕が映し出されるというのも異例。プレゼンでは「プリウスをタクシー専用車にしたらどうか」……豊田社長からそんな提案があったことも明かされました。台数を増やすことで環境に貢献することがその真意です。
また、OEM=他メーカーへの供給の提案もありましたが、新型はこうした路線変更はなく、デザインや性能を磨き上げるという「正常進化」という道をとりました。「時速100kmを6.7秒」という発進加速性能など走りのよさをアピールする一方で、エコカーの象徴の1つであった燃費性能は敢えて公表されませんでした。
スタイルはクーペルックとなり、エコカーの面影はかなり薄くなりましたが、ハンフリーズ氏は新型プリウスを「みんなの手が届くエコカー」とも表現。踊り場どころか、自動車が普及したばかりの市場では、まだまだ活路があるという見立てです。ちなみに私は室内に入ってみて、やや小ぶりなゲーム感覚の液晶メーターが未来的でかっこよく感じました。
一方、もう1つの新型車は日産自動車のミニバン「セレナ」。こちらも横浜の日産本社ではなく、東京・有明の貸ホールで11月28日、発表となりました。ミュージカル仕立てのオープニング、ゲストに藤本美貴さんが登場するなど、発表会は趣向が凝らされたものでした。
セレナにも長い歴史があります。ざっと振り返ると、そのルーツは1969年に発売された「ダットサン・サニーキャブ」「日産・チェリーキャブ」にさかのぼります。トラック・バンの商用車の他、ワンボックスの乗用型ワゴンもラインナップされましたが、日産では当時、ワゴンを「コーチ(馬車を由来とする)」と呼んでいました。
その後、1978年に「バネット」に衣替え。コーチももちろん健在で、2列目のシートを逆向きにできる「回転対座シート」を国内で初採用しました。当時はブルーバードなどセダン型の乗用車が「ファミリーカー」とされ、バネットのようなワンボックスワゴンはレジャー用途に位置付けられていました。
若々しいイメージがあり、黒いボディでサンルーフ付きのハイルーフ車は私も子ども心に「カッコいいな」と思いましたが、一般には「セカンドカー」の域を出ませんでした。
1991年にはワンボックスから、短いボンネットを持つ「1.5ボックス」のワゴンとして、「バネット・セレナ」が登場します。トラックやバンを持つバネットの派生車種の位置づけでしたが、その後、バネットから独立します。セダン型の乗用車が次々と姿を消すなか、セレナは順調にモデルチェンジを重ねて今回が6代目、日産のファミリー需要を支える看板車種に成長したわけです。
ライバルであるトヨタの「ノア」「ヴォクシー」、ホンダの「ステップワゴン」が代替わりするなか、セレナの新型も大いに注目されました。
新型はハイブリッドの一種である「e-POWER」車をさらに拡充。運転支援技術の「プロパイロット」を全車に搭載する一方、その進化型……高速道路で、時速40km以上でのハンズオフ機能を持つ「プロパイロット2.0」も一部車種に採用しました。ミニバンでは初だそうです。さらに、これまで存在したシフトレバーがついにボタン操作になりました。運転感覚も一新されると思います。
一方で、セレナにはガソリン車も残されました。ノート、アリア、キックス、エクストレイル、サクラ……昨今の日産の新型車はスポーツカーのフェアレディZを除き、すべて、EVか、e-POWER車の「電動仕様」。電動化にまっしぐらというイメージがあった日産だけに、あえてガソリン車を残したことは意外に感じました。
星野朝子副社長に率直に聞いたところ、「ミニバン市場は、日本はすごく強く、大きいが、日産は小さいミニバンを持っていない。セレナで全部のミニバンの市場をカバーしなくてはいけない」という答えが返ってきました。確かに価格をみると、ガソリン車の底辺車種のみが200万円台に収まっています。こうした価格戦略もあるのでしょう。
星野副社長の回答は裏を返せば、噂される小型ミニバンの登場までのつなぎとも取れますが……ただ、関係者によると、ガソリン車は「春先にコートを脱ぐような気持ちよさ」と表現。走りのよさに自信を見せていました。
2つの歴史ある車種……共通して感じたのは、まだまだ「クルマ屋」が自動車をつくっているのだということ。海外を中心に、新興メーカーや異業種の台頭が目立つ自動車業界で、「クルマ屋」の技術集団が悩みながらも最良の仕事をしようとする矜持を感じます。こうした姿勢を市場がどう評価するか注目です。
一方で、両車種とも発表と同時に発売とはなりませんでした。日産・セレナについては「つくれるだけ売るというのが目標」(星野副社長)と、月販販売目標は示されていません。半導体不足などが色濃く影を落としているのが、昨今の自動車事情でもあります。(了)
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