それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
低予算・過酷・無計画な旅番組『水曜どうでしょう』……若き大泉洋さんと鈴井貴之さんが出演し、いまでも人気番組として地方のテレビ局で再放送されています。
そのエンディングテーマ『1/6の夢旅人2002』を歌っているのが、シンガーソングライター・樋口了一さんです。
上柳昌彦アナウンサーが樋口さんと出会ったのは、いまから15年前の2008年だそうです。テイチクのプロモーター・橋本純さんから「こういう曲があるんですが、どうでしょう。私にはこの歌をどう受け止めたらいいかわからないのですが……」と渡されたのが、『手紙~親愛なる子供たちへ~』という曲でした。
我が子へ向けた親からの「最後」のメッセージを歌っています。15年前、51歳だった上柳さんも、実はこの歌の心境がわからなかったそうです。
しかし、当時『上柳昌彦のお早うGoodDay!』で曲をかけたところ、その直後から「いまになって母の気持ちがわかった」「泣けて仕方がなかった」と、大変な反響がありました。
翌年、この歌で「日本レコード大賞・優秀作品賞」を受賞した樋口さん。ところが、大きな病気を抱えながら華やかなステージで歌っていたのです。
樋口了一さんが体調に異変を感じたのは、2007年のことでした。
「パソコンに向かっていたら、右腕が上がらないのです。『四十肩かな?』と思って近くの整体に通っても一向に治らず、そのうちギターが弾きにくくなり、声も出しづらくなりました。『これは、ただごとではないぞ』と思いましたね」
いろいろな病院で診てもらいましたが、原因が見つからない。そこで、インターネットに自分の症状を打ち込んで検索したところ、出てきた病名を見て愕然とします。すぐに総合病院の神経内科を受診し、医師にこう尋ねました。
「パーキンソン病でしょうか?」
パーキンソン病の確定診断が出たのは、2009年3月。その年は『手紙~親愛なる子供たちへ~』がヒットし、忙しい毎日でした。
「神様はこんなシナリオを考えるんだな……と思いましたね。まさかこの歌が、自分に重なる歌になってしまうなんて」
パーキンソン病は、いまのところ完治の方法がない指定難病です。手足がふるえ、筋肉が固まってスムーズに動けず、転倒する恐れもあります。新薬が開発されており、症状を抑えることはできますが、少しずつ確実に進行していく病気です。
以前のように声が出ず、ギターも弾けない。ファンの間では「どうしたんだろう?」と囁かれていました。それでも樋口さんは、病気の公表を全く考えていませんでした。
「自分の弱みを見せたくないし、『パーキンソン病のミュージシャン』というレッテルを貼られるのが嫌だったんですよね」
そんなとき、デビュー当時のプロデューサーから「病気のことは公表すべきだと思うよ。君にはそれを公表して、果たすべき役割があると思うんだ」と言われます。
「果たすべき役割が、僕にある……」
樋口さんはその後、生活の拠点をふるさと・熊本に移し、ドキュメンタリー番組に出演したのをきっかけに病名を公表しました。
パーキンソン病は「オン」と「オフ」の状態があり、薬が切れてくると、サイドブレーキがかかったように体が重くなります。全国でライブ活動を続ける樋口さんですが、ステージでは1曲ごとに薬の入ったドリンクを口に含み、「オン」にして歌っているそうです。
そんな樋口さんに、「パーキンソン病をテーマにした映画の主題歌をつくって欲しい」と依頼がきます。熊本まで訪ねてきた映画監督と意気投合し、監督が書いた歌詞にエネルギッシュな曲を樋口さんが手掛けました。
曲の仕上がりに手応えを感じていた樋口さんに、監督から手紙が届きます。
「清水の舞台から飛び降りるつもりで、お願いさせていただきます。この映画の主役をやっていただけないでしょうか?」
樋口さんは「役者などやったことのない自分に、主役を?」と驚きますが、「やったことがないという理由だけで断るのは面白くない……」と考えたそうです。
後悔もしたくない。樋口さんの心は揺れ動きます。そんなとき「果たすべき役割」という言葉を思い出し、「この病気を広く知ってもらうことが、自分の果たすべき役割だ」と映画出演のオファーを受けました。
撮影では悪戦苦闘ながら、まさに体当たりの演技でクランクアップ。映画『いまダンスをするのは誰だ?』は、2023年10月7日から全国で順次公開されます。
■映画『いまダンスをするのは誰だ?』
https://imadance.com
■樋口了一 公式ホームページ
http://higuchiryoichi.com
■樋口了一 デビュー30周年記念アルバム『いまダンスをするのは誰だ?』
https://www.teichiku.co.jp/artist/higuchi/
番組情報
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