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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
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家の近くにある前浜は、瀬戸さんのお気に入りの場所
ニッポン放送「上柳昌彦 あさぼらけ」の番組本『居場所は“心”にある』(11月30日発売)内では、3人のリスナーの物語をご紹介しています。しかし、候補に上がったもののページの予定もあり、本に載せられなかった方々がいます。
その1人が、東京都小笠原村・父島に暮らす、ラジオネーム「シロワニ」さんこと瀬戸信吾さんです。
「まさか上ちゃんの口から『小笠原』の言葉を聞くとは思いませんでした。親には3年で帰ると約束して、気付けば36年、小笠原に住んでおります。週1便の定期船頼みの生活にもすっかり慣れ、最近ではネット環境がよくなり、radikoを使って内地と同様にラジオを楽しむ生活を送っています」
このメールのなかで目を引いたのが、「親には3年で帰ると約束して、気付けば36年」という文章。瀬戸信吾さんにどんな人生があったのでしょうか?
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この前浜は、夏になると海ガメが産卵にやってくる
瀬戸さんは昭和36年、伊豆・熱海に生まれました。父親は市役所の職員で、母親は小学校の教師。姉が1人いて、長男の瀬戸さんは父島に暮らす前、何と航空自衛隊でレーダーを担当していたそうです。
そんな瀬戸さんの趣味はダイビング。手付かずの大自然に囲まれた小笠原の海に潜った途端、「ここが俺の居場所だ!」と感じると言う瀬戸さん。航空自衛隊を退職し、小笠原に移住したのは26歳のときでした。
両親には「3年で帰るから」と約束しますが、3年経っても、4年経っても帰らず。5年後には両親が小笠原を訪ねてきました。大自然のなか、のびのびと暮らす息子を見て、母親がポツンと言ったそうです。
「あなたが好きそうな島だわねぇ」
父親からは「自分で自分の始末をつけろよ」と言われ、両親は息子を連れ戻すのを諦めて帰っていきました。
若いときから島の人たちに「瀬戸じぃ」と呼ばれていた瀬戸さんは、フリーでダイビングガイドをしており、「62歳。ガイドとしては古株になってしまいましたよ」と笑います。
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東京へ帰るお客さんへ旗を振り、太鼓を叩いて見送る島民
いまはダイビングのオフシーズンで、忙しくなるのはお正月から。3月は大学生が押し寄せ、ゴールデンウィーク、夏休みと最盛期を迎え、秋にやっとのんびりすることができます。
11月半ばにはクジラが現れ始め、年明けから本格的に「ホエールウォッチング」の季節がやってきます。小笠原の海は、クジラにとって「合コン会場」だと瀬戸さんは言います。
気に入った相手を見つけて交尾し、一旦アリューシャン列島など北の海域に戻ると、翌年には出産・子育てのため、再び小笠原の海に戻ってくるそうです。
これからクジラにとっては恋の季節を迎えますが、瀬戸さんにも小笠原で恋が芽生えたのか伺ってみました。
「いろいろ出会いはありましたが、独身なんですよ。人口2600人ほどの小笠原は人間関係が密で、ちょっと飲み屋さんのお姉さんと話しただけで、『できてる』と翌日には噂が広がっていますからね」
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東京港竹芝と父島二見港間を結ぶ定期航路の「おがさわら丸」
「何度か島を離れようと思ったこともある」と言う瀬戸さんですが、いまから10年前……52歳のとき、体に異変が起こります。
「がんを患いましてね。『静岡がんセンター』で手術を受け、そのまま実家の熱海に戻ろうと思ったこともありました。でも、やっぱり小笠原が恋しくなるんですよ。小笠原の住みやすさは歴史的なものなのか、よそ者でも受け入れてくれる、とても大らかな人が多いんですよね」
瀬戸さんは朝4時ごろに起きて散歩に出かけます。海の様子をチェックし、「あさぼらけ」を聴きながら朝食をとり、仕事がある日はダイビングの準備に取り掛かります。仕事がない日は、港の桟橋でゴロッとしながら読書を楽しむそうです。
「ガイドの仕事はいくつまで?」と伺ってみました。
「お客さんが『またね』と言って内地へ帰っていくんです。その『またね』は1年後です。リピーターのお客さんが翌年に来てくれる。次の年も、その次の年も……私に会いに来てくれるお客さんがいる限り、この仕事を続けていこうと思っています」
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父島の傘山から望む二見湾と水平線に沈む夕日
■ 『ダイビングサービス KAIZIN』(瀬戸信吾さんがダイビングガイドを担当)
http://www.kaizin.com
■小笠原ホエールウォッチング協会
https://www.owa1989.com
■小笠原村観光協会
https://www.ogasawaramura.com