「伊東に映画館を作ろう!」37年ぶりに映画館を復活させるまで
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映画館の中には、「水曜日」を映画が少しお得に観られる日にしているところがあります。少し前は、レディースデーだったのが、今は男女ともに割引になることが増えてきました。もしかしたら、「水曜日は映画を観る!」と決めている方もいらっしゃるかもしれません。
長年、映画館が無かったまちに、久しぶりに映画館を復活させた女性がいます。
それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
東京から伊豆急下田へ向かう、特急「踊り子」号に揺られて、およそ1時間40分。相模湾に浮かぶ初島と南国らしいヤシの木が見えてくると、列車は伊東駅に到着します。この静岡県伊東市に、先月9月14日、37年ぶりとなる映画館が復活しました。映画館の名前は、「金★(きんぼし)シネマ」。
開いたのは、梅澤舞佳さん、1999年・東京生まれの25歳です。梅澤さんは中学生の頃、学校が少し退屈に感じて、サボってしまったことがありました。ブラブラと、昼間の東京の街を歩きながら、いつの間にか吸い込まれていったのが、映画館の「目黒シネマ」でした。
「映画って、こんなにいろいろな人の人生を見せてくれるんだ!」
映画の素晴らしさと映画館の居心地の良さに目覚めた梅澤さんは、早稲田松竹や新文芸坐といった名画座を中心に、映画にどっぷりと浸かっていきます。高校卒業後は、映画の専門学校に進んで、2年間にわたって映画作りを学び、さらに映像制作会社に就職して、テレビドラマの制作にも参加するようになりました。
しかし、テレビドラマ作りの現場は、過酷なものでした。1クール・3ヶ月の作品を1本作り上げるのに、若手スタッフは、準備段階を含めて、数か月間、ほぼ寝る間も惜しんで、持てる力を注ぎこまなくてはなりません。梅澤さんの体は悲鳴を上げてしまい、お父様に相談しました。
「少し、東京を離れて、ゆっくりしたい」
じつはお父様も、コロナ禍を経て、在宅での仕事が出来るようになったことから、東京との行き来も出来る、少し離れた所への移住を考えていました。関東近県を巡るなかで、2022年、静岡・伊東に納得のいく物件を見つけます。梅澤さんは、今まで一度も訪れたことが無かったまちへ、移り住むことにしました。
さんさんと降り注ぐ伊豆の日の光と、潮の香りと共に吹き込む海風を浴びて、梅澤さんは、ゆっくり、ゆっくりと普段の生活を取り戻していきます。体調が少しずつ良くなってくると、再び仕事への意欲も湧き上がってきました。そして「映画を観たい」「映画に携わりたい」という気持ちもよみがえってきました。
しかし、伊東のまちには、映画館がありません。どうしても映画を観たければ、およそ1時間半をかけて、沼津まで足を運ばなくてはなりませんでした。
「観たい映画がすぐ観られるって、今まで、なんて恵まれていたんだ!」
そう思った矢先、梅澤さんは、テレビで「遊びに行く場所がないんです」と話す地元の中学生や高校生の声を耳にして、胸を痛めます。一方でお父様が、起業・会社を興す人を行政がサポートしてくれる仕組みがあると、アドバイスしてくれたことで、胸に秘めていた2つの思いが結びつきました。
「地元の皆さんに喜んでもらえる娯楽の場所……伊東に映画館を作ろう!」
今年4月、そう決意した梅澤さんは、さっそく行動を起こします。当初、伊東駅近くの商店街「キネマ通り」にちなんで、その周辺で物件を探しますが、なかなか予算に見合った、映画館にふさわしい場所が見つかりません。しかし、郊外の国道沿いに、かつては病院だった手ごろな物件を見つけることが出来ました。
さあ、場所が決まると、上映できる映画を探さなくてはなりません。ただ、梅澤さんは、映画の製作経験はあっても、映画館の運営はゼロからのスタート。思い切って、配給会社に「どうしたら映画を上映できますか?」と問い合わせました。梅澤さんの映画へのアツい思いの前に、どの会社も丁寧に教えてくれました。
映画館の内装工事も自力で取り組み始めると、話を聞いた学生時代の仲間たちが、手伝いに来てくれました。9月に入ると準備に追われて、久しぶりの徹夜作業が続きます。でも、夢に見た映画館の完成を前に、不思議と力が湧いてきました。
そして迎えた9月14日、「金★シネマ」オープンの日。
初回の上映作品、宮沢りえさん主演の2016年の映画、「湯を沸かすほどの熱い愛」は、全部で16席中14席が埋まる、上々の滑り出しとなりました。
「映画館を待ってました!」
「映画館を作ってくれてありがとう」
上映後、作品を観た方は、映画の感想と一緒にそんな言葉をかけてくれました。梅澤さんは、心から「よかったぁ」という気持ちが溢れるのを感じながら、こう話してくれました。
「普段の暮らしから遠くないところに、映画館があることが大事なんです」
湯のまち・伊東を支える地元の方に長く愛してもらえる映画館を目指して、梅澤さんの新たな人生の、開演のブザーは鳴り響いたところです。