
日本一人口が少ない市で、有名ドラマの舞台となった映画館を守る男性
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先日、ネット記事で北海道の「ヒグマ出没情報」に目が止まりました。『クマが「悲別ロマン座」の真横で目撃された……』、えっ! 悲別ロマン座? 今もあるんだ!
今回は、ドラマ『昨日、悲し別で』の舞台になった「悲別ロマン座」にまつわるお話です。

ロマン座の復活を願う藤田哲雄さん(写真提供:本人)
それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
倉本聰さんが脚本を手がけたテレビドラマ『昨日、悲別で』。昭和59年3月から全13回にわたり、金曜の夜9時に放送されました。夢を追いかけて東京へ出た若者と、故郷に残り地元で働く若者との心の交流を描いた物語で、主演の天宮良さんにとって、デビュー作でもありました。
物語の舞台となった架空の町「悲別」……、そこにある「悲別ロマン座」は、正式名称を「上歌会館」という大きな三角屋根の建物です。もともとは住友炭鉱の福利厚生施設として、昭和28年に建てられた映画館で、お芝居や歌謡ショーも開かれていました。昭和46年、炭鉱が閉山されてからは使用されることはなく、廃屋となり、その姿は昭和52年の映画『幸福の黄色いハンカチ』でも観ることができます。

昭和46年の炭鉱閉山後、廃屋となったロマン座(写真提供:藤田哲雄さん)
その後、『北の国から』を撮影中だった倉本聰さんが札幌から富良野へ向かう車の中から、「上歌会館」を見て、「取り壊される前に、ここを舞台にドラマを作りたい」と制作されたのが、『昨日、悲別で』でした。
放送後、「悲別ロマン座」がある歌志内市に多くの観光客が訪れました。昭和62年、保存会によって建物が改装され、新たな観光スポットとして賑わいを見せます。しかし、時代の流れとともに、次第に訪れる人は減少。2001年、「悲別ロマン座」は、再び閉鎖に……。いよいよ、取り壊しの話が持ち上がることになります。
2001年に閉鎖された『悲別ロマン座』を、もう一度復活させたいと立ち上がったのは、歌志内市出身の藤田哲雄さん。昭和35年生まれで、まさにドラマと同じ時代に青春を過ごしました。高校を卒業後、仕事の少ない故郷を離れ、集団就職で上京。東京・目白の椿山荘で調理師として働き始めました。

藤田さんが営む赤平駅前食堂の人気メニュー「ロマンザカレー」(写真提供:藤田哲雄さん)
その後、アメリカに渡りカリフォルニアのお寿司屋さんで寿司職人として腕を磨き、帰国後は、帝国ホテルや横浜ロイヤルパークホテルなどで活躍しました。そんな藤田さんに、ある日、故郷から「母親が倒れた」との連絡が入ります。
「女手ひとつで育ててくれた母に、ここで恩返しをしなければ……」と故郷に戻りますが、母の介護をしながらの仕事は見つからず、しばらくは貯金を切り崩しながら、辛抱の毎日が続きました。
歌志内市はかつて4万人を超えていましたが、現在は2500人ほどに激減し「日本一人口が少ない市」と言われています。その住民の一人となった藤田さんは、何とかこの町を活気づけたいと、こう思い立ちます。
「そうだ、悲別ロマン座を復活させよう!」

「ロマンザ夏まつり」の出演者やスタッフの皆さん(写真提供:藤田哲雄さん)
今から17年前の2008年、市に申し出て、“館長”としてロマン座の管理を担うことになります。冬は2、3mも雪が積もるため、夏の観光シーズンに一般公開し、見学者の声を受けて、コーヒーやカレーライスなどが楽しめる喫茶店も始めました。
ところが、2020年、何者かが施設に忍び込み、放火事件が発生します。幸い、ロマン座の壁はレンガ、床は大理石だったため、ボヤで済みましたが、2023年には、赤いスプレーで落書き事件が発生。市は、2つの事件を重く見て、防犯・防災上の観点から、「閉鎖」を決定。藤田さんは、館長を退くことになりました。
このままでは、いつか取り壊しになるかもしれない……、そう感じた藤田さんは、2023年の夏「ロマンザ・夏まつり」を企画。スペシャルゲストに、あの天宮良さんを招いてコンサートを計画します。
しかし、使用許可を申し出ても、なかなか良い返事がもらえません。そんな中、天宮さん自らが市長に直談判してくれたことで、ロマン座でのイベント開催が実現しました。
「イベントは大成功でした。思い残すことはないという達成感があって、これでロマン座とも、本当にお別れなんだな、と思いましたね」

天宮良さんのバンド「チークワ」ライブ(写真提供:藤田哲雄さん)
ところが、今“奇跡”が起きようとしています。“廃屋扱い”となって取り壊し寸前だった「悲別ロマン座」が、近代北海道の礎を築いた「炭鉄港」、つまり、炭鉱・鉄鋼・港湾の産業遺産群の一つとして、文化庁の「日本遺産」に認定される可能性が出てきました。
「日本遺産」に認定されると、文化財として正式に保存される道が開けます。ちょうど今、現地調査が進められ、結果は今年7月に公表される予定です。
藤田さんが大切にしている、倉本聰さんの言葉…
「ロマン座は、みんなのふるさとです」
その思いを胸に、藤田哲雄さんは、これからもこの町で生きていきます。
・住所:北海道赤平市錦町1-2-10
・定休日:月曜日
・Facebook:https://www.facebook.com/groups/1228171621994030/