経済界トップ突然の辞任、衝撃の2日間

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ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム「報道部畑中デスクの独り言」(第432回)

■サントリーを揺るがした「プロ経営者」の辞任

「サントリーホールディングス(以下HD)が緊急記者会見」

記者会見開催の一報が届いたのが9月2日昼前のことでした。内容については「明かせない」。様々な憶測が飛び交い、株価も一時不穏な動きを見せていましたが、その内容は新浪剛史会長辞任という衝撃的なものでした。新浪氏が購入したサプリメントが違法の疑いがあるとして警察の捜査対象になっていたということです。

サントリー東京オフィス

サントリー東京オフィス

午後3時、東京・台場のサントリー東京オフィス2階の大会議室。150人近くの報道陣が集まる中、鳥井信弘社長と山田賢治副社長が硬い表情で姿を見せました。

「昨夜、弊社代表取締役会長、新浪剛史が辞任いたしました。ご心配、ご迷惑をおかけすることを心よりおわび申し上げます」

鳥井社長はこのように切り出し、新浪氏辞任の理由を語りました。

「サントリーグループのトップマネジメントとしては、法令に抵触しないことは当然であり、サプリ購入にあたっては、しかるべき注意を払うべきと考えている。サプリに関する認識を欠いた新浪氏の行為は、代表取締役会長として求められる資質を欠くと言わざるを得ないと判断した」

サントリーの記者会見ではざっと150人近くが詰めかけた

サントリーの記者会見ではざっと150人近くが詰めかけた

違法の疑いのある薬物にからむ今回の問題については、先月8月21日深夜に新浪氏本人から一報があり、翌22日に新浪氏から警察の捜査についての連絡がありました。22日以降、リスク検討会議、緊急対策本部設置、取締役会開催という経過をたどります。そして、28日に新浪氏を除くすべての取締役、監査役が集まって議論。疑義を持たれることに問題があるのではないかということで収束し、“辞職してもらう”という結論に至ったということです。

■「二人三脚できなかった」……、言葉を詰まらせる鳥井社長

9月1日には「一身上の理由」とする辞任届が新浪氏から出され、受理されたということですが、一連の動きを見ると「事実上の解任」に近いと言えます。なお、サプリの違法性の判断について、捜査当局に委ねるとしています。

謝罪する鳥井信弘社長(左)と山田賢治副社長(右)

謝罪する鳥井信弘社長(左)と山田賢治副社長(右)

新浪氏は古くは大手コンビニ「ローソン」の経営立て直し、サントリーHDではアメリカの洋酒メーカー、ビーム社の買収などを手がけるなど「カリスマ経営者」として知られます。こうした経営手腕に関し、鳥井社長は「二人三脚できなかったことは本当に残念」と言葉を詰まらせ、無念さをにじませました。

「疑わしきは罰せず」というのは推定無罪の話ですが、企業経営においては「疑わしきは対処する」……、危機管理の側面からサントリー側の対応は妥当という見方が支配的です。会見場入口の前は空調が効いておらず、待機中、報道陣には「サントリーの天然水」が配られました。今回の一件はさすがに「水に流す」というわけにはいかなかったようです。経営全体の影響について鳥井社長は「業績にも影響が出る可能性がある。信頼回復に努める」と話しました。90分あまりに及んだ記者会見、会見場は終始、重苦しい空気が流れていました。

鳥井信弘社長

鳥井信弘社長

■24時間後、渦中の人物「潔白」を強調

翌3日午後3時、東京駅にほど近い東京・丸の内の日本工業倶楽部で新浪氏の記者会見が開かれました。もともと予定されていた経済同友会(以下、同友会)代表幹事としての定例会見で、通常は財界担当記者10数人が参加して粛々と進められますが、今回は同じ部屋でレイアウトを変え、80人あまりの報道陣が集まりました。

「私のことで皆さまをお騒がせし、申し訳ございません。深く反省をしております」

神妙な表情で姿を見せた新浪氏は冒頭に頭を下げました。その上で「法を犯していない」として自身の潔白を強調しました。新浪氏の話を要約すると……

★適法という認識の下で、アメリカで大麻草由来のCBD(カンナビジオール)サプリメントを購入していた。購入を勧めたのは、ニューヨーク在住の知人で、身体の健康をアドバイスする著名な人物。このCBDについては日本でも同様のものが売られていたという

★新浪氏は知人にサプリを日本に届けるよう依頼したものの、結果的に受け取らなかった

★これとは別に、知人が福岡県に住む自身の弟を経由して新浪氏にサプリを送るよう手配したが、その弟が逮捕されたことで、新浪氏が捜査対象になった

★新浪氏は日本国内でサプリを使用していない、輸入の指示もしていない。新浪氏が適法と認識して購入したサプリと、別に知人が手配したサプリが同一かはわからない

頭を下げる新浪剛史氏

頭を下げる新浪剛史氏

新浪氏はその上で、サプリをきっかけにした不注意について謝罪しました。サントリーHD会長の辞任については、サプリをつくっていた会社のトップとして、迷惑をかけてはいけないという思いだったことも明らかにしました。

私はサントリー以外のサプリを購入したことの思い、会長辞任が納得のいくものであったかについて質しました。

「サントリーがすべてのサプリをつくっているわけではない。買うということはある。十分注意をしなければいけないということで、結果的に世間を騒がせることは大変問題があった。そういった意味で辞任は納得をしている」

サプリを購入した理由については「出張が多いので時差ボケが多く、知人から強く勧められた。日本よりアメリカの方が圧倒的に安いという経済的な意味合い」と説明しました。

経済界トップ突然の辞任、衝撃の2日間

左:普段の経済同友会の会見場、右:今回はレイアウトを変更、記者用の机は取り払われた

■政財界のポストは……、組織に去就を委ねる

一方、新浪氏は同友会代表幹事としての活動は当面自粛した上で、去就については同友会の組織の決定に委ねるとしました。代行は当面、筆頭副代表幹事で日本たばこ産業の岩井睦雄会長が務めます。

また、経済財政諮問会議のメンバーについても「決めるのは政府」としました。サプリをつくる会社のトップとしてのサントリーHD会長辞任と、政財界のポストとしての責任は「別物」という認識です。「捜査対象になっただけで辞めるという前例になってはいけない」とも述べました。

関係者によると、経済同友会の入会には企業経営者、大学学長、NPOトップらという条件がありますが、代表幹事については条件は明文化されておらず、選考委員会の推薦などを経て、最終的に総会で承認されます。ただ、「通例」として、企業の社長のような「現役性」のある人物としています。

会見は1時間あまりで終了。新浪氏は普段の身振り手振りで話す姿は影を潜めました、終始、よどみのない回答でした。一方、前例のない事態だけに、同友会の関係者からは、今後の対応をめぐり、困惑の表情がみられました。

神妙な表情ながら、歯切れの良さは変わらなかった

神妙な表情ながら、歯切れの良さは変わらなかった

■尾を引くのか、辞任劇のその後

経済界に大きな衝撃が走った2日間。今回最もダメージを受けたのはほかならぬ新浪氏であり、「わきが甘かった」という批判は免れません。巷間報じられた「クーデター」「はめられた」という説については、新浪氏は「発言はしていないし、そうも思っていない」と否定しました。新浪氏のみならず、サントリーHD、経済同友会も混乱が続くことが予想されます。

新浪氏の歯に衣着せぬ発言には定評があり、経済界で抜群の発信力を誇りました。旧ジャニーズ問題に関し、「(所属タレントを広告などに起用することは)チャイルド・アビューズ(児童虐待)を求めることになり、国際的な非難の元になる」と述べ、経済界でいち早く批判の姿勢を示しました。一方で、いわゆる「45歳定年制」発言でSNSで炎上するなど物議を醸すことも多く、快く思わない人が少なくなかったのもまた事実です。

陰謀論を振りかざすつもりは毛頭ありませんが、権力中枢をめぐる動きには、筋書きを描いている人物がいるとよく言われます。今回の辞任劇で誰が得をし、誰が損をしたのか。今後そんな議論が出てくるのかどうか、気になるところです。

(了)

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