
今年は午年ですが、馬と触れ合う機会はあるでしょうか。「え? 競馬で触れ合っているって?」そんな競馬ファンの皆さんもぜひご覧ください。今回は、競走馬が余生を過ごす『養老牧場』のお話です。

くすぐったがり屋で活発な牝馬「アマーレ」と鈴木さん
それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
埼玉県の中央部、人口およそ1万人の「ときがわ町」は、山々に囲まれ、林業や製材業、木工業、建築業といった木材産業が盛んな土地で、「木工建具の里」としても栄えてきました。
町には、清らかな「都幾川」が流れています。秩父方面に向かって、川沿いを進んでいくと、町営のスケート場の看板が見えてきて、その手前に『ときがわホースケアガーデン』があります。

「馬は寒い冬のほうが好き。逆に猛暑を乗り切るのが大変です」と鈴木さん
この牧場を営むのは、鈴木詠介さん、46歳です。埼玉県新座市の出身で、馬との出会いは、中学生のときでした。きっかけは「ダービースタリオン」。通称「ダビスタ」と呼ばれた、競走馬育成シミュレーションゲームです。1990年代に大ブームとなり、鈴木さんも、このファミコンゲームに夢中になりました。高校生になると、本物の馬を見たくなり、浦和、大井、中山、府中と、競馬場へ足を運ぶようになります。
「高校生ですから、もちろんスポーツとして競馬を見に行っていましたね。当時、ナリタブライアンという強い馬がいて、走る姿がかっこいい! 他の馬が止まって見えるほど、ぶっちぎりで勝っていましたね」
大きなレースで優勝すると、騎手や馬主、調教師、厩務員などが並んで記念撮影をします。それを見た鈴木さんは、こう思います。「僕も、あの中の一人になりたかったんです。騎手は体型的に無理なので厩務員になろうと、北海道の日高にある競走馬の生産・育成牧場に何軒も電話をかけて、ようやく就職することができました」
高校を卒業後、北海道の日高にある生産・育成牧場で、厩務員として働いた鈴木さん。その後、結婚し、2人の男の子にも恵まれました。やがて子育てに手がかかるようになり、18年勤めた北海道の牧場を離れて、実家のある埼玉へ戻り、配達の仕事をしていました。

自然に囲まれた養老牧場『ときがわホースケアガーデン』
しかし、休日になると「馬に会いたい」という思いが募っていきます。埼玉県内で、馬と触れ合える場所はないかと探していると、ときがわ町に引退馬が暮らす養老牧場があることを知ります。人手が足りないということで、手伝いに通うようになった鈴木さん。そんなある日、体調を崩した牧場主から「ここを引き継いでくれないか」と頼まれます。牧場主になることは、北海道で働いていた頃から、心のどこかで描いていた夢でした。多少の迷いはありましたが、2018年、鈴木さんは『ときがわホースケアガーデン』の2代目の代表に就きました。
競走馬の競技寿命は短く、乗馬クラブや観光牧場で、のんびり余生を過ごせるのは、ごくわずかです。『ときがわホースケアガーデン』で暮らす馬は、現在7頭。そのうちの1頭、牝馬のアマーレは18歳。人間の年齢に換算すると63歳ほど。この馬の父親は、アメリカ生まれで、ドバイワールドカップの優勝馬。母方の祖父は「天馬」と呼ばれたトウショウボーイです。中央競馬から「アマーレトウショウ」の名でデビューしますが、未勝利に終わり、地方の浦和競馬に移籍し、1勝しただけで引退しました。
「アマーレは性格がビビリで、大勢の人が声を上げる競馬場では、ドキドキしちゃう馬なんですよ。引退後、馬主さんが『良い余生を送ってほしい』と、うちに預けました」

みんなのかわいいアイドル!牝馬の「明日花」(手前)
『ときがわホースケアガーデン』の馬たちは、ただ静かに暮らすだけではなく、訪れる人たちを楽しませる“仕事”をしています。高齢のため、大人を乗せることはできませんが、子どもを乗せることはできます。ところが、コロナ禍でふれあい体験が中止になりました。すると、いつも人に愛想を振りまいていた“なっちゃん”と呼ばれる牝馬が、急に老け込んでしまい、毛艶が悪くなり、目の輝きもなくなり表情まで沈んでしまったといいます。
やっとコロナが明けて人が戻ってくると、馬に触れたり、餌をあげたり、中には、馬の匂いをしみじみと嗅ぐ人もいました。馬に乗った子どもが「うわぁ、楽しかった!」と喜ぶ姿を元気がなかった“なっちゃん”が「そうだろう、楽しかっただろう」と言わんばかりにドヤ顔をしたのを鈴木さんは確かに見たと言います。
「誰かのためになっていることは、馬でも分かるんです。それが生きる喜びになっているんです。余生をのんびり過ごすだけではなく…生きがいを与えることが、とても大事。これって、人間と同じなんですよ」
人と馬が支え合いながら生きる養老牧場……ゴールの先にも、馬たちの居場所はありました。





