
まちのうなぎ屋がJAXAを動かした─うなぎ宇宙食の開発秘話
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2026年7月26日は、「土用の丑の日」です。全国のうなぎ屋さんが書き入れ時なのはもちろんですが、最近はうなぎの蒲焼きが「宇宙食」になっていて、宇宙飛行士の皆さんにも大好評だといいます。今回は宇宙食のうなぎ、「スペースうなぎ」を開発したお店のご主人のお話です。

スペースうなぎ
それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
東京・新宿から中央線の特急「あずさ」で、およそ2時間20分。信州・諏訪湖の畔を駆け抜けた列車が、岡谷駅のホームに滑り込みます。改札口で目立つのは、「うなぎのまち 岡谷」と大きく書かれた看板。諏訪湖周辺は、その昔、太平洋から天竜川をさかのぼってきた天然うなぎが名物でした。
昭和の頃、天竜川に佐久間ダムなどが出来て、天然のうなぎは獲れなくなりましたが、長野県岡谷市ではうなぎ料理の伝統が受け継がれ、伝統産業・生糸の生産で生まれる蚕のさなぎを餌に養殖した「シルクうなぎ」を新たなブランドとして立ち上げています。この「シルクうなぎ」を使った蒲焼きが、今はJAXAも認める宇宙食になっているんです。

シルクうなぎのうな重
開発に取り組んだのは、岡谷市に本店を置くうなぎ屋さん「やなのうなぎ 観光荘」。「やな」というのは、かつて天竜川で行っていたやな漁に由来します。代表取締役の宮澤健さんは、1977年生まれの49歳。お祖父様が創業したお店の三代目で、お父様から受け継ぎました。
きっかけは、お嬢さんの学校で開かれた、地元の自転車冒険家の方の講演会でした。訊けば、その方は「いつかは南極を自転車で旅したい」夢があるといいます。一緒に聴いていた学校の校長先生が、ふと、こんな言葉を漏らしました。
「宮澤さん、南極でもうなぎが食べられたら、面白いよね」
さっそく調べますと、極地向けに作られた保存が効く食事は、既に存在していました。そんな折、宮澤さんは、日本の宇宙事業を司るJAXAが、
宇宙で食べられる日本食を開発できる業者を募集していることも知ります。しかもその作りは、極地向けの食事と似通っていると分かった宮澤さん、2019年の暮れ、お店の忘年会で、こう宣言しました。
「来年からわが社は……宇宙食をやります!」

やなのうなぎ 観光荘
宇宙食への挑戦を宣言した宮澤さんですが、関係者のツテは全くありませんでした。そこで宮澤さんは、JAXAのホームページから、「うなぎの宇宙食を作りたい」と、メッセージを送ってみます。“まちのうなぎ屋など相手にしてくれないだろう”と思っていた矢先、電話が鳴りました。
「宇宙食の勉強会を開きます。ぜひいらして下さい」
JAXAの担当者の方からのお電話に、宮澤さんは心躍りましたが、出席してビックリ!周りには、誰もが知るナショナルブランドの食品メーカーの方しかいません。条件をクリアできれば、会社の大小は関係ないそうですが、コロナ禍で先行きは不透明。心が折れそうになりかけた時、宇宙飛行士の古川聡さんが、「宇宙でうなぎを食べたい」とおっしゃったと聞いて、宮澤さんは肚が固まりました。
『目の前にうなぎを召し上がりたい方がいらっしゃるなら、たとえ、宇宙でもうなぎを届けたい!もう、やるしかない!!』
まずは、とても厳しい衛生基準をクリアするために、お店の調理場を全面的に改装。さらにJAXAへ提出するための分厚い資料を作り、交渉を重ねます。最も苦労したのは、蒲焼きの重さの誤差を、プラス・マイナス5gに抑えることでした。それというのも、魚は個体差が大きいため、決まった大きさにするのは難しいんです。しかし、規定の重さを超えてしまうと、ロケットの打ち上げに影響が出てしまうんですね。
様々な厳しい基準をクリア、開発宣言から3年半あまり経った2023年6月、「やなのうなぎ 観光荘」が開発したうなぎの蒲焼きは「スペースうなぎ」と名付けられ、JAXAの認証を得て、晴れて宇宙食となります。それから程なく、JAXAからの動画に、お店の皆さんは釘付けになりました。
「あっ、食べてるよ!古川さんが、うなぎ、食べてる!!」
宇宙ステーションでフワフワと漂う、うなぎの蒲焼きを満面の笑みでいただく宇宙飛行士の古川聡さんの姿に、宮澤さんは胸がいっぱいになりました。この報せを聞きつけた地元の皆さんも、まるで自分のことのように喜んでくれました。そして、何より「うなぎ職人になりたい」とお店を志望する高校生も増えたといいます。

宮澤健さん
今、宮澤さんは、次の夢を力強く、こう語ります。
「次は月にうなぎを届けたいです。月は地上からも宇宙ステーションよりもっと多くの人が見えるはずですから」
1969年7月のアポロ11号による人類月面到達から57年、近い将来、人類と共にうなぎが月へ行く日が、きっと来ることでしょう。
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