色付きの糸を×(バツ)の字にクロスさせながら、布に刺しゅうを入れていく「クロスステッチ」。
クロスステッチ・アーティストの星野真弓さん・43歳は、その魅力をこう語ります。
「辛いことがあっても、一針一針、布に刺しゅうを入れていると、その間は辛さを忘れ、心が落ち着くんです」
「以前、身近な方が亡くなって辛かったとき、刺しゅうと向き合ったことで、気持ちが前を向くようになりました」
そんな星野さんが「何かをしなければ」という強い思いに駆られ、作品を作ったのが、5年前のこと。
東日本大震災で学校が津波に襲われ、児童74人と先生10人が亡くなった宮城県石巻市(いしのまきし)の、大川小学校の悲劇を聞いたときです。
子を持つ母親として、居ても立ってもいられなくなった星野さんは、「少しでも心の救いになれたら」と1年がかりで、2体の天使を描いたクロスステッチを製作。
天使のそばには、亡くなった児童の数と同じ74個の花とつぼみが、赤い糸と青い糸で刺しゅうされていました。
震災の翌年2012年5月、作品を持って石巻を訪れ、遺族会に直接届けた星野さん。そのときのことをこう語ります。
「遺族会の会長さんが、まるでわが子に会えたかのような目で、じっと作品に見入って、『子供たちを思い出します』と、涙を浮かべながら受け取ってくださいました」
まったくの偶然ですが、これとは別に石巻市からも、震災1周年の合同慰霊祭用に作品を依頼されたという星野さん。
市の担当者は、クロスステッチの持つ癒しの力に惹かれて、製作を依頼したそうです。
星野さんはテディベアを描いた作品を作り、石巻市に寄贈しました。そんな石巻との不思議な縁について、星野さんは:「糸には、心が宿っているんです。いろんな結びつきを作ってくれるし『前向きに生きよう』という力を与えてくれます」
星野さんが1年かけて完成させた天使のクロスステッチにも、そういう力が宿っていました。作品を見た遺族会のお母さんたちから『私たちも、これを作ってみたい』という声が起こり、星野さんは4年前から、石巻で定期的にクロスステッチ教室を開いています。
お母さんたちは、最初はうつむきがちでしたが「刺しゅうと向き合うと無心になれます」「みんなと語り合える、この時間が好き」と、だんだん笑顔が浮かぶようになりました。
クロスステッチを通じて、遺族会の人たちと交流を深めていった星野さんは、小学校のそばの小高い丘に、毎年ひまわりを植えて育てているお母さんたちがいることを知ります。
「ひまわりが咲いたら、あの子たちもきっと喜ぶよ」…そのお母さんたちは、亡きわが子に宛てた手紙を書いていました。
震災当時6年生だった、愛(あい)ちゃんのお母さんは:「愛はね、名前のとおり、みんなに愛される子だった。写真はぜんぶ、ひまわりみたいににこにこ笑顔だったよ。短かったけど、きっとしあわせだったからだね」
そんな8人のお母さんたちの手紙をもとに、有志の人たちによって『ひまわりのおか』という絵本が製作されました。その中から、お母さんたちの手紙を、いくつかご紹介します:
「わたしが足を組んでいると『ママ、足を組むと体にわるいよ』と足をおろしてくれた玲奈(れな)。ごめんね、足を組むくせ、まだ、なおらないよ」
「昌明(まさあき)がね、まいにち『ママ、うちゅういち、すき!』っていってくれるの。どうして“うちゅういち”なの?って聞くと、『マーね、うちゅうより大きいもの、まだ知らないの。もっと大きなものがあったら“それいち”!』…って、ママもです」
でも、いつまでも泣いてばかりではいられません。
絵本の最後は、こんな文で結ばれています。
「お母さんたちは、そっと、ひまわりとやくそくしました。『もう、泣かないからね』・・・やくそくできない、やくそくだけど」
「また、夏がきたら、会おうね」
この絵本は大きな反響を呼び、全国各地で朗読会を開こうという話が持ち上がりました。
朗読会には、プロの声優さんや、音楽家の方々が、ほぼボランティアに近い形で参加。
必要経費を除いた収益は、まだ見つかっていない4人の児童を捜す資金に充てられています。
その実行委員会が発展して、去年の3月11日に「三月のひまわり」という社団法人が立ち上がり、星野さんは代表理事に就任。
活動は大変ですが、それを補って余りあるのが、反響の声です。
「朗読会に参加した方から『辛いことがあって落ち込んでいたけれど、乗り越えていこう、という勇気をもらった』という声をよくいただきます。本当にうれしいですね」
もちろん、石巻でのクロスステッチ教室も続けています。
最近、遺族会のお母さんたちと作った作品が、手のひらサイズのミニクッション。
片面にひまわりの絵、もう片面に子供たちの名前が刺しゅうされ、その中には「ひまわりのおか」で採ったひまわりの種が、一つ入っています。
これを身につけていれば、いつも子供たちと一緒にいられる・・・星野さんはこう言います。
『絆』『縁』『結』…どの漢字にも『糸』という字が入っています。
逆に私の方が、遺族会のお母さんたちに力をもらうことも多いですよ。糸が紡(つむ)いでくれた縁や絆を大切にして、今後も前向きに生きていきたいですね。
番組情報
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