伊東駅に入ってきたのは、伊豆急行線からJR伊東線へ直通する「リゾート21」の熱海行。
19851年デビューで、前面の展望席はもちろん、海側は大きな窓で海向きの座席、山側はボックスシートの非対称な作り。
そんな列車が30年以上前から、乗車券だけで乗れる「普通列車」として、伊豆の東海岸を走っています。
全国で流行りの観光列車の先駆けと言ってもいい存在が、この「リゾート21」。
最近は伊豆急行線伝統のハワイアンカラーをまとった「リゾートドルフィン」として走っている編成もあります。
南国らしい雰囲気が漂う伊東駅は、昭和13年の開業時に作られた開放的な駅舎が今も健在です。
駅前には、伊東市内で今日(4/24)まで開催の「フジサンケイレディスクラシック」のお客さんを歓迎するボードも・・・。
私自身、5年ほど女子ゴルフ観戦を続けていた時期があるのですが、実はゴルフトーナメントと駅弁の相性は抜群なのです。
毎週開催地が変わるため、追いかけていくだけで違うエリアの駅弁を食べることが出来たり、ギャラリープラザでご当地の駅弁が販売されることも。
ゴルフのほか野球場やサッカーのスタジアムなどで駅弁に出逢えることもあり、スポーツと駅弁は意外な接点があるように感じています。
そんな東伊豆を代表する街・伊東で駅弁を販売する「祇園」。
代表取締役の守谷匡司さんに「祇園」の歴史から駅弁づくりのこだわりなどを伺いました。
望月:伊東の名物駅弁「いなり寿し」はどうして生まれたんですか?
守谷:創業者の親の実家が、静岡市内の稲荷神社でして、その実家から助言があったんです。
「(お店を開くなら)稲荷神社ゆかりのいなり寿しをやってみたら?」って。
それが今年でちょうど70年、1946(昭和21)年のことになります。
望月:ただ、お父様(創業者)は、東京・浅草なんですよね?
守谷:浅草で「弁士」をやっていました。
当時は映画に音が付いていなかったので、スクリーンの横でそのストーリーを話していたわけです。
ただ、技術が進んで映画に音が付くようになると「弁士」の仕事はだんだん無くなってしまった・・・。
そんな時、伊豆に住んでいた作家の尾崎士郎さん(1898~1964)に誘われて、伊東にやって来てこの街が気に入り住むようになったんです。
望月:でも「弁士」から「駅弁」って・・・「弁」の文字は同じですが、普通繋がんないですよね?
守谷:そうですよね。
駅弁屋さんは元々、宿場町の宿や料亭をやっていたり、売店だった所が多いんですが、ウチは全くの畑違いからなんです。
しかも、創業した時は「いなり寿し」の専門店だったんです。
望月:そこから「駅弁」を始めるようになったのはなぜですか?
守谷:伊東駅が開業20年を迎えた昭和30年代、当時の国鉄が構内営業を出来るお店を探していたんです。
それでいくつかお店が手を挙げた中から、1959(昭和34)年からウチ(祇園)が営業を認められました。
なので、伊東での最初の駅弁は「いなり寿し」なんです。
望月:じゃあ、いわゆる普通弁当(幕の内弁当)は、後からなんですね。
守谷:実は「幕の内弁当」は1966(昭和41)年からなので、今年(2016年)で50周年なんです。
望月:「いなり寿し」を作る上でのこだわりはありますか?
守谷:昔から愛されている味なので、それをレシピ通り、忠実に受け継いでいるところだと思います。
当時から「いいもの」を提供しようということでやっているので。
だから「いいお米」と「いいお揚げ」を毎日毎日煮込んでやっています。
望月:伊東の「繁忙期」って、いつなんですか?
守谷:一番は8月、あとは3月・・・ちょうど春休みと夏休みですね。
そういった時期は、ホントに全国からお客さんが「いなり寿し」を買いにいらっしゃいます。
最近は、台湾からのお客さんも増えてきました。
望月:あと、伊東は「水」がとてもいいそうですね。
守谷:伊東は火山の街なので、とてもいい水が出ます。
伊東市の水道も、普段はほぼ100%、湧水か井戸水なんです。
その水をそのまま、お米を炊くにも揚げを煮るにも使っています。
会社のもう目の前の山が水源地なんですよ。
だからココは、火山の湧き水なんです。
それもウチの駅弁を美味しく提供できる理由の1つだと思います。
望月:こんなに水に恵まれた駅弁屋さんって、そうそうないですよね?
日本トップクラスじゃないですか?
守谷氏:そうですね。
強いて挙げれば、水に恵まれている駅弁屋さんは小淵沢の「丸政」さんですかね。
(小淵沢は山梨県の南アルプス、八ヶ岳の麓にある)
望月:「いなり寿し」の駅弁って各地にあると思うんですけど、「祇園」の「いなり寿し」って、口にした時「ジュワッと」した食感が全然違うんですよ。
あの食感が出るのも、きっといい水で煮汁を作っているのもあるんでしょうね。
守谷:だから、伊東の中でも一番良質な温泉が出るのも「祇園」のある地域なんですよ。
地下の深いところまでしみ込んだ水は「温泉」になって、浅い所は「湧水」で出てくる。
しかも、伊東温泉の湯量は、全国トップクラスなんです。
あまりに湯量が多すぎて、湯温が高くなりきれなくて、高くなっても60℃くらい。
低い所は30℃台なんて所もあるんですが、その分、温泉としては使いやすいですよね。
望月:そんな温泉に恵まれた「伊東」ですが、温泉街の皆さんにとっても「いなり寿し」は無くてはならない存在なんですよね?
守谷:ウチがやっていけるのも、地元のお客様に支えられている所が一番大きいですね。
伊東の人が、近隣の所へ出かける時に「お土産」として持っていって下さるんです。
あと、伊東市外の人も、伊東に用事があって来た時に、買っていっていただけるんです。
お陰さまで、伊東だけでなく伊豆、静岡東部の人には利用していただいています。
望月:まさに「伊豆名物」と掛け紙にありますが、ソウルフードと言ってもいいくらいですね。
70年の歴史があると、もう2世代、3世代目に入っていますもんね。
守谷:伊東の若い人が東京などへ出ていって、時々、親が様子を見に行く時は「祇園のお弁当、買って来て!」と頼まれることも多いそうです。
で、里帰りした時は、ウチに寄ってくれたり・・・。
望月:「ライター望月の駅弁膝栗毛」では「列車に乗って駅弁を食べよう」というのを1つのコンセプトに駅弁を紹介しているんですが、「祇園」おすすめの「駅弁を美味しく食べられる車窓」ってありますか?
守谷:伊東から湘南にかけては、山側を見ればみかん畑が広がり、海側を見れば相模湾が広がります。
景色にはとても恵まれた場所にウチのお弁当があると思います。
望月:じゃあ東京方面へ帰る時、伊東で弁当を買って、熱海過ぎた辺りでとじ紐解いて、根府川の辺りですかね!?
守谷:特に東海道線の普通列車とか快速「アクティー」がいいですよね。
伊東の人でもいるんですよ、出張する時に東海道線の鈍行とかアクティーのグリーン車に乗って、そこでウチの弁当食べるのが「出張の楽しみ」って人が・・・。
もちろん「踊り子」でもいいんですけど。
望月:伊東名物・杉山製茶の「ぐり茶」のティーバックが入った「ポリ茶瓶」で、お茶買ってく人も多いですよね?
あれもこだわりの一つですか?
守谷:駅弁というのは、お腹を満たすだけじゃなくて「旅の楽しみ」という要素があると思うんです。
「旅の楽しみ」を提供している会社としては、昔からの「ポリ茶瓶」を残しておくのもいいんじゃないかと。
今、「ポリ茶瓶」を作ってる会社も、全国で2~3か所しかないらしいですが・・・。
あと、伊東のお茶屋さんが「ティーバッグ」を始めたのも、実はウチが茶瓶で販売するので「作ってください」と頼んだのがきっかけなんです。
望月:ということは、駅弁あっての「ティーバッグ」なんですね!
さあ、これからゴールデンウィークですが、やっぱり伊豆に来たら、食べていって欲しいですよね?
守谷:(私が言うのもなんですが)旅の途中で「地元の人に愛されてる食べ物」を食べていって欲しいなぁという気持ちがあるので、機会があればぜひ・・・。
今はクルマで来ても「道の駅伊東マリンタウン」で売ってますので・・・。
望月:今日はお時間をいただき、ありがとうございました!
駅弁は「お腹を満たすだけでなく心を満たすもの」という思いで、1つ1つ手作りで駅弁を手がけている伊東駅弁の「祇園」。
その思いは、駅弁のとじ紐にも現れていて、掛け紙の柄に合わせて、最も映える色のものを使い分けています。
しかも、ひもの太さも弁当によって、最もバランスのいいものに変えているというんです。
また、伊東市内の冠婚葬祭向けの弁当を担っていることもあり、お客さんのニーズに応じて包装も変えているとのこと。
最近は紐でとじる折詰の駅弁も少なくなる傾向にありますが、このこだわりは絶対に守り続けてほしい!
今回は「いなり寿し」以外の駅弁では、望月のお気に入り「とりめし弁当」(780円)もご紹介!
伊豆半島の地図が描かれた掛け紙のセンターにはゴルファーの姿が・・・。
「フジサンケイレディスクラシック」の観戦帰りにもいいかもしれません。
ただ、結構人気なので、昼前に売り切れちゃうことも多いんですよね。
右上には、懐かしい「0系」新幹線の絵も見ることが出来ました。
「祇園」の「とりめし弁当」がすごいのは、鶏そぼろを一切使っていないところ。
無骨なまでの鶏の照焼き・3個と、出汁の効いたご飯だけで勝負。
コレ、鶏の素材に自信がないと絶対できない真似だと思うんですよね。
しかも、経木の折詰にべっとりご飯が付いて、水分を吸ってくれるのもたまらないところ。
このシンプルすぎる構成が、一度食べたらやめられないのです。
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
「ライター望月の駅弁膝栗毛」
(取材・文:望月崇史)
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/