映画とコニカミノルタの関係!日本の最初の映画はどんな内容だった?【鈴木杏樹のいってらっしゃい】

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娯楽の代表の1つ、映画にはこんな物語がありました。今週は『映画の歴史』についてです。

 ■ 『日本の映画の始まり』

1896年(明治29年)、エジソンが発明した『キネトスコープ』別名“のぞきからくり”が輸入されて、神戸で初めて公開されました。

その翌1897年(明治30年)には、リュミエール兄弟が発明した『シネマトグラフ』を使った上映会が、大阪で開かれました。

 

当時、この『シネマトグラフ』を輸入した会社がありました。

東京・日本橋の『小西写真店』です。

こちらは現在の『コニカミノルタ』さんです。

その『シネマトグラフ』の扱い方をマスターするように命じられたのが、小西写真店の浅野四郎さんという方です。

浅野さんが撮影したのは、東京の風景や芸者さんの踊りで、こうして浅野さんは“日本人で最初に映像を撮られた方”として知られるようになったそうです。

 

その浅野さんと共に、映像の撮影に関わったとされるのが柴田常吉(しばた・つねきち)さんという方です。

柴田さんは1899年(明治32年)、当時の二大歌舞伎俳優、九代目・市川団十郎さんと、五代目・尾上菊五郎さんが出演された『紅葉狩(もみじがり)』という演目の、イチ場面を撮影しました。

これは後に同じタイトルで、ドキュメンタリー映画として公開されましたが、これが日本人が撮影した映画で、今もフィルムが残っているものの中で、最も古いそうです。

そんなこともあって、2009年には国の重要文化財に指定されています。

 

1903年(明治36年)、東京・浅草に日本で初めての常設の映画館『浅草電気館』が誕生しました。

それに合わせて全国にいくつもの『電気館』がオープンしましたが、今も残っているのは熊本など、ごくわずかだそうです。

 

この『浅草電気館』を設立した会社『吉沢商店』さんはその後、4つの会社と合併して『日本活動写真』という会社を立ち上げました。

これが現在の『日活』さんです。

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(2016/7/13放送分より)

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